私は「幼馴染」の寿一が好きだった。


−−わたしね、これにのれるんだよ!びゅーんって、かぜみたいにはやくはしれるの。じゅいちもいっしょにはしろうよ!

寿一にロードを教えた理由はただ単純に一緒に走ってみたかったから。他に理由なんてなかった。私が寿一に言ってから一週間後には既に二人でロードに乗って走っていた。

体力の差は小学校の高学年には明らかとなっていた。それを悟らせないように必死に寿一についていった。お荷物になりたくないから。傍にいたいから。私の努力が報われたからか、寿一はそれに気づかなかった。形に残したい。そう思った私は髪を伸ばしはじめた。

−−私は髪を伸ばす。だから私が伸ばし続けるかぎりはお前も走れ

我ながら自己中な発言だと思った。口調を少しだけ寿一に似せて言葉を発すると自信に繋がった。だからというわけではないけれど、いつの頃からか私は極力寿一のような口調で話すようになっていた。



中学に上がると、寿一は隼人と一緒に走るようになってしまった。部活のときも負けじと二人に追いつこうとしたけれど、どんなにペダルを踏んだところで体力の差は歴然としていた。待って。待って、寿一。置いていかないで。私を一人にしないで。私が必死に追いつこうとしてもそれが叶うことはなかった。

夏休みのことだ。私と寿一と隼人の三人で遠くに行こうと持ちかけた。たまたまその日に予定が被ってしまい、昼を過ぎたあたりから私はスピードが落ちてしまった。前を走る寿一にスピードを落とすように言うこともできた。声をかけようとして、私は気付いてしまったのだ。

今前を走るのは「幼馴染」の福富寿一ではなく、「腐れ縁」の福富寿一なんだ、と。

それを意識したら不意にゾッとした。そしてそれは、隼人が私と並ぶ直前まで続いた。

−−陽香莉、よく寿一に合わせられるな。俺には無理だ
−−そうでもないぞ。最近では追いつくことすらできんからな

口にしてようやく自分で自分の首を締めていることに気付いた。

−−…その話し方、どうにかならないのか?
−−癖なんだ。……というより、移ったが正しいな
−−移った?
−−福富のが、だ。幼馴染だろう?長年いるとあの口調はどうも移ってしまってな

なんて白々しいのだろうか。移ったのではなく真似ただけなのに。きっと気付かれてしまったかもしれない。隼人に。ちらりと彼の顔を見てみるがとくに気付いた様子はなかった。それがいいことなのか悪いことなのか、私には分からなかった。



140616.