次に陽香莉が起こす行動なんて幼馴染ながらに分かってしまう。いつそんな日が来るかとその日に怯えながらも今日ではなかったと安心するような日々。まだ大丈夫、まだ大丈夫と高を括っていた。



一瞬それが陽香莉だと分からなかった。また東堂のファンクラブの女子か、はたまた新開の新しく出来た彼女かと思った。だが次に瞬きをした瞬間に陽香莉だと気付いた。不思議なことに、それまでずっと着ていた制服姿に違和感を感じた。短くなってしまった髪を見て恐れていた日が来てしまったのかと小さく息を飲んだ。


「、寿一、」


はたして陽香莉の声はこんなに弱々しかっただろうか。いつもの声より心なしかトーンが高いような気がした。きっとこれが、陽香莉の本当の声なんだろう。オレといることでそれ以上の無理をさせてしまっていた。少し背筋を伸ばす。

オレに手渡した紙には陽香莉の字で書かれた「退部届」の文字。それがいつも書く字より小さく、どこか震えており、雫のような痕が紙にあった。これを受け取ってしまえば、きっとオレと陽香莉の関係は崩れてしまう。それでいい。後悔はしないはずだから。

「…確かに受け取った」

陽香莉は泣きそうな顔をしていた。あのときと、同じ。涙こそ出ていなかったもののきっと心で泣いていたのに違いなかった。ありがとう。陽香莉の薄い唇がそう動き、一礼をした。その日以降、オレは本格的に陽香莉がロードに乗る姿を見なくなってしまった。




「福ちゃん、俺さァ。小寺チャンじゃないんだヨネ」
「?、知っているが…」

昼休み、いきなり荒北はオレに言った。なぜそんなことを言うのだろうと首を傾げたが理由なんて分かっていた。

「ねえ、福ちゃん。本当に小寺チャンと決別する気あんのォ?」
「………、それは、」
「ないよネ。だって、もし本当にあんなら部活の間ずっと小寺チャン探してないよナア?」

探してなんていない。その言葉をぐっと飲み込んでしまったのはオレにその自覚があるからで。オレは完全に陽香莉への想いを断ち切ったわけではないのだ。

できるはずがない。なぜなら陽香莉は物心ついたころから一緒にいる「幼馴染」で、18年間傍にいた「腐れ縁」で。オレはきっと、心のどこかでそんな陽香莉が昨日今日の出来事だけで離れてしまうはずがないと。オレと陽香莉の関係は、そんなことで壊れるようなものではないと思っているのだ。
校内で擦れ違う度に挨拶するもそれを悉くスルーされても、学食で目が合っても、女子の友だちと集団でいるとき視線が逸らされても、オレの根本は変わらない。

「無理してまで小寺チャンと離れる必要、あんの?幼馴染って、そんな簡単に離れられるもん?」
「違う、荒北。オレは、オレと陽香莉は、」

腐れ縁なんだ。幼馴染なんかじゃない。そんな綺麗な関係じゃないんだ。もっともっと汚くて、淀んでいて、それを見て見ぬフリをするかのように綺麗で澄んだ関係を築いている。


「今のままでいいと思ってんのォ?小寺チャンのこと中途半端にぶら下げたままでさァ。落とすなら落とす、掬い上げるなら掬い上げるでケジメくらいつけなヨ」
「………」


いいとは思っていない。陽香莉はいつでも誰よりも近くにいて、傍にいた大切な存在。だがそんな陽香莉と対峙するのが怖くて、いつも彼女との関係は誰のどんな関係よりも中途半端だったのかもしれない。荒北、オレはどうすればいい?絞り出した声がやたら弱々しく響いて自分でも驚いた。

「…それは福ちゃんが決めることだろ。ま、どんなことであれ福ちゃんが決めたことなら俺は応援するけどナ」

オレが、決めること。席を立つ。時計を見ると五限まであと十分しかなかった。それでも今しかないのだろう。荒北に短く礼を言って陽香莉の教室へ向かった。


140615.