部室に戻り、タオルを頭に被っている陽香莉に直行する。陽香莉の目がオレを捉える。

「……?、福富、どうし、」
「すまない、陽香莉」

オレは今からお前を傷つけてしまう。お前との関係を断とうとしている。その事に関して陽香莉に頭を下げた。これからオレは、陽香莉が一番嫌がることを言うのだ。頭を上げ、陽香莉の目を見る。ああ、やめろ。やめてくれ。そんな目で見ないでくれ、陽香莉。オレは今から、お前が一番嫌っていることをするのだから。


「今日の勝負は、お前の勝ちでいい」


時が止まったような気がした。陽香莉の顔を真っ直ぐ見ることが出来ない。オレは陽香莉の顔を見ているフリをして、遠くの壁を見つめた。

ぷっつりと、何かが切れたような音が確かに聞こえた。次の瞬間陽香莉は立ち上がり何かを叫んだ。ふざけるな。オレの耳にはそう届いたが果たしてあっているだろうか?

「何でそんなことを言うんだ。私が女だからか?私が男だったら言わなかったんだろう?どうなんだ、寿一!」

陽香莉がオレの胸倉に掴みかかろうとした。が、陽香莉は新開に抑えられ、オレと彼女の間には荒北が割って入ってきた。そのとき、オレはその陽香莉の姿をはじめて見たのだ。18年間傍にいて、はじめてその陽香莉の姿を見たのだ。



陽香莉が、泣いている姿を。



両の目から涙を流し、恨みがましくオレを睨んでいる。オレが泣かせた。オレがずっと、陽香莉を泣かせていた。陽香莉がオレの前で泣いたことによりそれを嫌というほど実感してしまった。途端胸に湧き上がったのは罪悪感。それ以外の何ものでもなく。

荒北が遠くで何か言っていたがもうオレの耳には届かない。代わりに、この期に及んでどういうわけかオレの本当の気持ちにも気付いてしまった。


オレは陽香莉が好きだったのだ。決して嫌いではなかったのだ。オレはただ、陽香莉を嫌いになろうとしていたのだ。今更気付くなんて、オレは相当の馬鹿だ。
我に返ると目の前から陽香莉も、新開の姿もどこにもなかった。代わりに呆れた顔をした荒北がオレに言った。


「…福ちゃんって馬鹿なの?」
「そのようだ」


ああ、荒北。どうやら本当にそのようなんだ。しかもそれに気付いたのがさっきなんだ。陽香莉に泣かれて、はじめて気付いたんだ。オレの本当の気持ちにも。なんて格好悪いのだろう。もうオレに、陽香莉の傍にいる資格なんてない。


140614.