オレは幼馴染の陽香莉が好きだ。いつでも真っ直ぐで正直でたまに見せる笑顔がたまらなく好きだ。オレがロードをはじめたきっかけも陽香莉だった。陽香莉がにこにこと笑いながらロードを引いて見せてくれた。


−−わたしね、これにのれるんだよ!びゅーんって、かぜみたいにはやくはしれるの。じゅいちもいっしょにはしろうよ!


父に相談すればようやくその気になったかと倉庫からロードを引っ張り出してきた。それからは毎日のように陽香莉と二人、長い道程を走った。

小学校高学年になった頃からだろうか。陽香莉が髪を伸ばしはじめた。髪を伸ばし続けるかぎり私も走るからお前も走れ、と。すっかりオレの口調そっくりになってしまった陽香莉が笑って言った。だがそれと同時にオレは気付いていた。陽香莉の身体が丸みを帯びていることに。その胸がわずかに膨らみかけていることに。


中学に上がってはじめての夏休み。オレと陽香莉と、兄と父の四人で長い道を走っていたとき。それまでオレの横を走っていた陽香莉が遅れをとりはじめた。

怖かった。陽香莉が段々女になっていくことが。陽香莉の体力が段々落ちていくことが。陽香莉が段々、オレのペースについていけなくなっていくことが。
陽香莉が得意なはずの平坦な道でさえ、いつしかオレのほうが早くなっていた。それがただひたすらに怖くて、だけど陽香莉の傍からいなくなることも出来なくて。いつの間にかオレと陽香莉の関係は「幼馴染」ではなく「腐れ縁」と呼ぶほうが正しいような気すらしてならなかった。


新開と出会って、陽香莉は変わった。同じスプリンターというのもあるからだろう。二人はすぐに仲良くなった。本来ならば喜ぶべきところなのだろうが、オレはというと、なかなかどうして素直にそれを喜ぶことが出来なかった。


相変わらずオレは陽香莉と「腐れ縁」という状態を保ちつつ日々を過ごしていた。そんな中二の夏。三人で自転車に乗って遠出をしようと陽香莉が持ちかけた。三人。新開もいるのかと少しショックを受けた。それでも陽香莉の提案を断ることも出来ず(そうしたら陽香莉は新開と二人になってしまうから)、了承した。


その日、やっぱり陽香莉はオレと新開に追いつけなかった。陽香莉を振り返って見るのも、陽香莉に声をかけるのもすべてがすべて恐ろしく思えた。「オレについてこれない陽香莉」という恐怖の対象が出来上がったのはそれが原因だったのかもしれない。


140611.