小寺チャンが落車した。東堂がそう言いに来た。隣の福ちゃんの顔を見ると少し驚いたようだった。戻るぞ、荒北。その言葉を聞いて、変化だなと思った。しょーがねぇなあ。言いながら福ちゃんの後に続く俺はやっぱり何も分かっていなかった。



福ちゃんを見るなり小寺チャンは立ち上がった。懇願するように、声を震わせながら小寺チャンは、福ちゃんの手を握る。

「頼む、寿一。私はまだ走れる。だから勝負の続きをしてくれ、なあ、寿一、」

見るに耐えられなくなって、俯いてしまった。だが福ちゃんはそんな小寺チャンの手を振り払った。


「陽香莉、今日はもう上がれ。新開、悪いが陽香莉を連れていってくれ」


は?おいおい、福ちゃん。何言ってンの?言葉にしようとしてもそれは音を発せずに呑み込まれた。呆然とする小寺チャン。福ちゃんはそれをさも当然であるかのように言った。

ものを言えない状態である小寺チャンに福ちゃんはさらに追い討ちをかけるように「まだ走れるんだろう?」と尋ねた。イヤだって言えよ、なあ、小寺チャン。彼女に視線を落とすと静かに首を振った。ありえないことに、縦に、だった。何でだヨ。分かった。小寺チャンは乗り捨てられた自転車を立たせ新開に振り向く。

「引いてくれ、隼人」

そう言った小寺チャンが、いつになく泣きそうな顔をしていた。



あんな言い方、ないんじゃナァイ?ちょっと福ちゃん小寺チャンにキツく当たりすぎでしょ。幼馴染って言っても、小寺チャン、女の子相手なんだしさァ。もうちょっと何かないのォ?チャリを飛ばしながら福ちゃんに尋ねてみるも何も言い返そうとしない。俺が一方的に福ちゃんに説教してるみたいで、何か嫌だ。福ちゃん?福ちゃんの顔を覗き込み、驚いた。鉄仮面が、柄にもなく泣きそうな顔をしている。


「…すまない、荒北。オレは、どうすればいい?」


福ちゃんはぽつりぽつりとその胸中を語った。


全部聞き終わったあと、点が線になって、またばらばらになるような錯覚に陥った。だって、そんなの。そればかりは福ちゃんにはどうすることもできないじゃないか。


「……福ちゃんは、どうしたいのォ?」
「、オレ、は」



「 」



福ちゃんの決めたことに口出しをするわけではない。それでも、それは違うと思うし、福ちゃんらしくないとさえ思う。でも、ああ、そうか。福ちゃんがらしくないことをするのは、いつだって小寺チャンの存在があるからなんだろう。


140608.