「ふざけるな!」

陽香莉の、震えたような叫び声が聞こえた。やっぱりその声は痛ましくて、今にも泣き出しそうな陽香莉の顔があった。そんな陽香莉の向かいには寿一。嫌な予感がして、俺はさっと陽香莉の近くに寄った。

「何でそんなことを言うんだ。私が女だからか?私が男だったら言わなかったんだろう?どうなんだ、寿一!」

ついに陽香莉は寿一の胸倉に掴みかかった。「落ち着け、陽香莉」慌ててそれを引き剥がし彼女の腕を掴む。靖友は寿一の前にすっと出る。
後ろからだったから陽香莉の表情は分からないが、恐らく泣いていたのだろう。肩が小刻みに震えていた。そんな陽香莉を見て寿一はというと驚いたように彼女を見つめる。


このまま二人の仲が拗れてしまえばいいのに。俺にすればいいのに。そう思ったら思わず笑いそうになってしまう俺は、なんて最低なのだろう。


「おめーら見てんじゃねーヨ!!福ちゃんと小寺チャンは見せモンじゃねえんだぞ!!」


部員の視線が陽香莉と寿一に向かっていたのに気付いた靖友は威嚇しはじめる。そして俺を見て陽香莉を見て、もう一度俺を見て靖友は、

「新開。小寺チャン寮まで送ってくんナァイ?」
「…分かった。陽香莉、行くぞ」

まだ震えている陽香莉の背に手を置き、彼女の隣を歩く。寿一を睨みつけるのを忘れずに。



陽香莉は歩きながらぽろぽろと涙を零していた。陽香莉にこんな顔させる寿一が許せなかったけれど、陽香莉がこんな顔をするのはきっと寿一がいるからなんだと思うと寿一が羨ましく思えた。

陽香莉、寿一じゃなきゃだめか。俺じゃ寿一の代わりにはならないか。俺だったら陽香莉にそんな顔させないから。言えるはずだったその言葉を言わなかったのは、陽香莉を困らせたくなかったから。



次の日、陽香莉は学校を休んだ。部活にも来ていなくて、最悪なもしもが俺の頭を過った。学校は休むことはあっても、部活は休むことはなかった陽香莉が。はじめてだったのだろうと思う。寿一の前で泣くのも、部活に来ないのも。

「…どう思う、新開」
「何がだ?」
「惚けんな。小寺チャンのことだヨ」

靖友が陽香莉のことを話すなんて。意外だなと言えばッセ!と返された。

「俺さァ、最初小寺チャンのこと嫌いだったんだヨ。福ちゃんの周りうろちょろしやがって、何だこの女って思ってた。でも福ちゃんと小寺チャンって、そんな簡単なモンじゃねェんだよナァ」
「…そうだな」

その通りだよ、靖友。


140603.