「俺、陽香莉のこと好きだぜ」

流石にどうかしていたんだと思う。寿一の前でそれを言ったのだから。靖友は眉間に皺を寄せ、尽八は一瞬黙り込みぎゃあぎゃあと騒ぎ出す。東堂うるせえ。
寿一はどう返すのだろうと少し期待していた反面がっかりした。寿一は一言、淡白に呟いたのだ。そうか、と。ああ、こいつじゃ陽香莉を幸せには出来ないなと思った。



気のせいじゃないのか、と言った陽香莉が落車した。寿一との勝負の途中だった。寿一は。どこにいる。目を光らせて探すもどこにもいない。きっと多分、もう山だ。尽八に寿一を呼んでくるように頼み、俺は陽香莉を介抱した(その際、他の連中には練習に戻れと言ったが正解だっただろうか?)。

「陽香莉、大丈夫か?」
「隼人、すまない。寿一は……?」

まだ、走る気か。ぞくりとした。何で、そこまでして。今尽八が呼んできてる。陽香莉の手を握るとマメだらけなのがわかった。その中には潰れているものもあった。

「お願いだ、隼人。寿一と走らせてくれ。支障はないから。頼む」
「……陽香莉、」

俺が今まで触れたどの女の子より陽香莉の手は不恰好で汚かったけれど、一番美しく見えた。どうしたんだと問いただせば渋りながらも「風邪だ」と答える。

「…今朝から体調があまり優れなくてな。熱はないか部活には出たのだが、このざまだ」
「………」

もう俺には、どうして陽香莉が寿一のためにそこまで頑張るのかが分からなかった。


その後尽八が寿一と靖友を連れてきて戻ってきた。寿一を見るなり陽香莉は立ち上がりその手を掴みながら頼む寿一と。私はまだ走れるから勝負の続きをしてくれと必死に訴えていた。その姿はとても痛ましかった。だが寿一はそんな陽香莉を振り払い非情にも言い放った。

「陽香莉、今日はもう上がれ。新開、悪いが陽香莉を連れていってくれ」

呆然とする陽香莉にまだ走れるんだろう、と寿一は言う。そんな言い方、口を開こうとしたら陽香莉は分かったと一言言った。乗り捨てられた自転車に手をかけサドルに乗った。

「隼人、引いてくれ」

そう言った陽香莉の顔が今にも泣きそうだった。



部室に戻りとりあえず陽香莉をベンチに座らせようとしたら床でいいと言われてしまった。一人にさせてくれとも。タオルを頭にかけてやりそっと彼女から離れる。

「苗字さん、どうしたんですか?」

泉田が心配そうに聞いて来た。そりゃそうだ。小寺に一番懐いていたのは、泉田だから。「風邪だ」短くそう答えた。

「馬鹿だよなあ、陽香莉も。寿一と一緒に走るのに支障はないって、すげー支障じゃん」
「………」
「何がいいのかね、あいつの」

俺にしてくんないかな、と本音を出した。こうすれば泉田がどう出るのか知っていたから。そうしたらやっぱり泉田は俺の予想通りの反応を起こした。ああ、やっぱりか。



陽香莉と寿一は腐れ縁。俺の思った通りだった。


140603.