去年のことだ。いつものように寿一に負けた陽香莉は自転車を引いて外周へ行った。その背中がいつも見るそれより小さく見えて少し不安になった。俺も外周行ってくる。寿一に何か言われるより先に陽香莉の後を追った。


陽香莉はそんなに遠くまで行っていなくて案外すぐに追いついた。声をかけようと喉元まで彼女の名前が出かかったそのとき。


俺の耳に、悲痛な陽香莉の叫ぶ声が聞こえた。


必死にペダルを踏んで。天を仰いで。叫び声はすぐに消えたけれど次に聞こえてきたのは咽び泣く声だった。苦しそうに、つらそうに泣く陽香莉の姿を見て、俺はまた寿一が嫌いになった。

−−陽香莉、

声をかけずにはいられなかった。途端彼女は泣き腫らした真っ赤な目で俺に振り返る。隼人。唇が動くのを見ると瞬間的に顔を真っ赤にする。

−−い、いつからそこに……
−−陽香莉が泣き出したときから
−−〜〜〜〜〜〜〜っ

陽香莉の横に車体をつける。耳まで赤くさせて口をぱくぱくさせる姿はまるで金魚のようだ。いつもここで、こうやってこうしているのだろうか。泣きながらペダルを踏んで。寿一と真剣勝負をしたあとなのに、脚が千切れそうになるくらいにペダルを踏んで。叫びんで。一人で全部全部抱えて。

−−俺でよかったら、弱音でも吐いてくれよ
−−……気持ちは有難いが遠慮しておこう……
−−寿一には絶対言わないさ。俺は、陽香莉。おめさんの力になりたい

なぜだか顔に熱が集まった。陽香莉にはそんな俺がどう映ったのだろう。俺の気持ちがバレてしまってはいないだろうか。不安で恐くて今すぐにでも消えたいけれどそれじゃあ寿一と同じだ。俺は違う。だが陽香莉はそんな俺をよそに首を横に振った。不思議なことに自然と悲しくはなかった。


部室から陽香莉が着替えて出てくるまで(これは高1の頃、陽香莉が着替えてる最中尽八が入ってきたことが原因だ。なんとも羨ましい)うさ吉を撫でながら待つ。だがそこには既に先客がいた。陽香莉だった。既に着替えていて、うさ吉を抱いていた。

「動物が好きなのか?」
「っ、新開」

これは違うんだ、とわたわた言い訳をする。別にそんなことしなくてもいいのに。陽香莉の隣に腰を下ろし、彼女の顔を見るとどことなく赤くなっているような気がした。

「…?、陽香莉、おめさん…」
「な、何だ?言っておくが、ぴょん太は私が拾ったんじゃないぞ!」
「(ぴょん太……)違う、違う。そっちじゃなくて何か、顔赤くね?」

陽香莉は驚いたように目を丸くする。そして言うのだ。気のせいじゃないのか、と。何かを隠すように、そう言ったのだ。


140603.