−−スプリンターからオールラウンダーになりたいんだ


陽香莉がそう俺に告げた日のことは未だにはっきりと覚えている。どうしてと聞くのは愚問だろう。分かりきってることだ。理由は単純。寿一だ。追いつかないって分かっていて、何でそこまで。尋ねると陽香莉は一瞬考えて、


−−むかしみたいに、寿一の前を走ってみたいんだ


笑う姿はまるで恋をする女子のようだった。だが陽香莉は気付いていない。今はもう、彼女が恋する「寿一」はどこにもいないということに。俺にしてしまえばいいのに。そう思ってはじめて気付いた。あ、俺陽香莉のこと好きだったんだ、と。


想いを告げずに陽香莉の傍にいた結果、俺は「陽香莉のよき理解者」というポジションを手に入れた(「お前は寿一より話しやすい」と言わたときには、嬉しくて思わず変な声を上げてしまった)。寿一や靖友、尽八からは、はまるで兄妹だ、と言われた。兄妹か。恋人には見えないか?陽香莉の肩を抱いて、ふざけて言ってみたら寿一に睨まれてしまった。陽香莉はというと顔を真っ赤にさせながら俯いていた。


学校生活では寿一と陽香莉は仲がいい。だが部活の時間になると途端冷戦が張られる。そこには必ず、お互い素直になればいいのにと思う自分と仲違いしてしまえばいいのにと思う自分がいた。我ながら最低だと自嘲してしまうのもいつものことだった。


−−小寺さんはスプリントを捨ててしまったんでしょうか

いつか泉田が、そんなことを聞いて来た。陽香莉は泉田を一番可愛がっていたし、泉田もそんな陽香莉を慕っていた。姉と弟のような関係が二人にはあった。だからこそ不安になってしまったのだろう。何でそう思う?次に答える回答を頭の中で整理しながら尋ねる。


−−…小寺さん、最近遅くなってるんです。もしかしたら、このまま部活を辞めるんじゃないかと…
−−陽香莉は辞めないさ。スプリントも、捨ててない


俺が言ったのはそれだけだった。今となっては断言するように言ってしまったことを後悔してる。泉田は俺を見ると、そうですよね、と力強く続けた。


−−僕、変なこと聞いちゃいましたね。すいません、新開さん。ありがとうございます。


笑った泉田の顔が、なんだか不格好に見えて仕方なかった。ただ、一つ分かったのは日に日に俺の中の小寺陽香莉という存在が大きくなっているということだった。


140531.