結局僕は新開さんに何で笑っていたんですか、と聞くことは出来なかった。でもその理由は多分、僕はもう知っているんだ。そしてそれを認めたくないだけで黙秘しているというのも知っている。



小寺さんが部活に復帰した。でも最低なことに声をかけられるまでそれが誰だかわからなかった。それは長く伸ばしていたはずの髪を短く切り、制服を着ていたせいだった。スカートから伸びる脚が逞しく思えた。

三年、小寺入ります。その声はいままで聞いていたどの声よりもか細かった。「まじかよ、小寺さん?印象変わったな…」とはユキの台詞であるが本当にその通りだと思った。


「泉田、福富がどこにいるかわかるか?」
「えっ、え、と、」


久しぶりに聞いた小寺さんの声が自分の記憶より高いことに気づいた。もっと、低かったはず、なのに。まごつきながらもまだ来てません、と伝えると「そうか」と微笑む。「そうか」。その笑みを見て嫌な予感がした。

「か、み、切った、んですね」
「ああ……、自分で切ったんだが……。似合ってないか?」
「……いいんですか、髪。伸ばしてたんじゃ…」
「必要なくなったからな」

必要なくなったからな。その言葉にはどんな意味があるのか僕には分かり兼ねる。ただ、制服で部室に来たということと、手に何か紙のようなものを持っていることで大体の察しはついている。それでも僕は知らないふりをした。そうするより他に、どうしたらいいのか分からなかったから。

「……泉田」
「、はい」

小寺さんを見る。彼女は笑っているような、泣きそうな、どっちつかずな顔をしながら僕を見る。



「インハイ、応援してるからな。全国にお前の名を知らしめてやれ」



背中を押すように、支えられるように置かれた小寺さんの手は僕が思っていた以上に小さかった。小寺さん。呼ぼうとしても声が出なかった。彼女はそんな僕に気付く素振りすら見せず、僕の横を通りすぎる。


きっと小寺さんは、部活を辞める気なんだろう。理由は定かではないけれど、多分、福富さん絡みだ。小寺さんの世界の中心にいるのは、いつだって良くも悪くも、福富さんなのだから。そしてそれは恐らく新開さんも知っているはずなのに、新開さんはその中心の座を狙っている。だからこそ、あのとき笑ったのだろう。小寺さんと福富さんの仲が拗れてしまえばいいと思って。


140530.