小寺さんがまだ平坦な道を走っていた頃。僕がまだ小寺さんに追いつかなかった頃。小寺さんの、純粋な走りをただひたすらに素敵だと思っていた頃。


小寺さんが泣いたその日から最近思い出す情景はどれも彼女に関連するものばかりだった。正直自分でも驚いている。それは、小寺さんと一番関わりがないのは僕だと思っていたからだった。でも、ああ、そうか。


今、こうして思い返してみると本当の小寺さんの走りを知っているのは、きっと僕だけなんだと思う。優越感にも似た、なんともいえない感情が僕の胸中を支配した。


小寺さんの走りは純粋で、丁寧で、お手本通りとまではいかないけれどそれなりに綺麗だった。それでも、そんなそれなりに綺麗だった小寺さんの走りが崩れるときがあった。

原因は明確。そこには福富さんの存在があった。福富さんが小寺さんの前を抜くと、小寺さんの視界に福富さんが入ると、小寺さんのその走りは一点する。まるで子どもが積み木を崩したようにガタガタと一気に崩れはじめるのだ。傍目にはわからないのだけれど、入部してから小寺さんの隣で走っていた僕なら分かる。それまで綺麗だったフォームが崩れ、息が荒くなり、ペダルを踏む足が重々しくなる。


それを見て思ったのは、小寺さんは福富さんのことを疎ましく思っているんだということと、小寺さんは福富さんのことを幼馴染とは思っていないんだという二つのことだった。




風邪を引いたらしい小寺さんは次の日部活に来なかった。同じクラスだと言っていた新開さんに聞いてみると今日は学校自体休んでいるらしい。でも僕が聞きたいことはこんなことじゃない。他に聞かないといけないことがあるのだ。それは多分、きっと小寺さんと新開さんに関係することだ。昨日、あのとき。
小寺さんが泣いたときの、新開さんの表情。新開さんがなぜあんな表情をしていたのか。あの、尋ねようとして口を開いたのを見計らったように新開さんは言った。昨日の、あのときと同じ表情で。



「…陽香莉は"福富"が嫌いなんだ。そのくせ、"寿一"は好きなんだと」



その言葉の真意が分かってしまった僕はどうすればよかったのだろう。新開さんはずっと微笑んだまま。


そう、昨日のあのときの表情のままだった。


両片思いってヤツだ。新開さんは相変わらず表情を崩さないから、それが皮肉なのか本心なのか分からない。多分両方正解で、両方間違ってるんだろう。


140528.