福富さんと小寺さんは幼馴染らしい。確かに意識して見ると話し方や風貌なんかが似ているなと思う。だけど僕は気付いてしまった。福富さんと小寺さんの関係は、幼馴染なんかではないと。


小寺さんは高確率で男の人に見られる。本人はそのことをかなり気にしているようでどうにかならないかと試行錯誤した末、髪を伸ばすことにしたらしい。それでも僕は小寺さんのことを男の人と見紛う理由が分からない。だって小寺さんはどこからどう見ても女の人じゃないか。東堂さんも荒北さんも真波もユキも、失礼だと思う。


それに加え、小寺さんは僕と同じスプリンター。彼女の走りはとても真っ直ぐで純粋でブレがなくて、好きだった。それでも、そんな小寺さんの走りがブレるときがある。それは福富さんが視界に入った瞬間だ。お手本のように繊細で丁寧な走りが、福富さんが視界に入った瞬間にがたがたと崩れはじめる。

それまで平坦な道で小寺さんに勝てなかった僕はその日を境に彼女に勝ち続けるようになった。



−−泉田、頼みがある

小寺さんが改めて言うことには「勝負をしてほしい」とのことだった。それを言われたときは、どういうわけか小寺さんが平坦な道を走っているところを見たことがなかった。久々に小寺さんの走りが見られると、僕は了承した。そして走って、驚いた。小寺さんの走りが明らかに遅くなっていたのだ。練習をサボっていたわけではない。福富さんとの勝負を怠ったわけではない。急激に遅くなった彼女に少し不安にさえなった。だからというわけではないが、僕は手を抜いた。走り終わると小寺さんは肩で息をしていた。

−−あ、の。小寺さん、わざとですよね?
−−何が、だ?
−−僕に自信をつけさせるために、わざとゆっくり走ったんですよね?

そうだと言ってくれ、頼むから。でも僕が間違っているということは小寺さんの泣きそうな、傷付いたような顔をみれば一目瞭然だった。しまったと思ったときには遅かった。僕は小寺さんが一番嫌がっていたことをしてしまったのだ。いや、泉田。小寺さんは下手くそに笑いながら続ける。



−−私は、本気で走っていたんだよ



そのときの小寺さんはいつもの小寺さんでないような気がした。等身大の小寺さん。本物の小寺さん。本当の小寺さんの姿が、そこにはあった。


140523.