dream | ナノ



※名前変換無し


その人の、野球をしている姿が好きだった。


その人は、名前をアラキタさんという。初めてアラキタさんを見た日のことは今でも覚えている。野球部のマネージャーをしていた親友が暇なら観に来てよ、と半強制的に練習試合に引きずられた日のこと。野球なんて小学校の頃に見たアニメ程度にしか知識がなかった私にとって、それはまさに人生の転機だった。

アラキタさんはとても楽しそうに、純粋に、真っ直ぐにボールを追いかける。頭の中で、その野球アニメのヒロインが作中で書いていた詩がふと脳裏を過った。その日の帰り、友人に野球部のマネージャーをやってみたいんだけど、とそれとなく話したら待ってましたといわんばかりに歓迎された。理由を尋ねられなかったのが唯一の救いだ。アラキタさんと仲良くなりたいがためにマネージャーになる、なんて。そんな不純な動機がまかりとっていいわけがないのだから。


その翌日から私は野球部のマネージャーとして働いていた。肝心のアラキタさんとは話すことも出来なかった。けれどいつしか私はアラキタさんの近くにいられるだけでいいと思うようになっていた。高望みはしなかった。私はただ、アラキタさんの傍で、アラキタさんの野球をしている姿が見られればそれだけでよかった。



でも、それも長くは続かなかった。



アラキタさんが肘を故障してしまった。ある日友人が、さも噂を流すかのように平然と言ってのけたのだ。一方私は衝撃を受けた。曰く練習中にやってしまったらしく、治る見込みもないらしい。それを聞いた日から私はひたすらに神様に祈った。アラキタさんに野球をさせてください。アラキタさんから大切なものを奪わないでください。その代わりに私から奪えるものはすべて奪ってくれて構いませんから。神様。神様お願いです。そんな私の祈りも虚しくアラキタさんの肘は治ることはなかった。


その後、アラキタさんが道を踏み外したという噂を聞いた。それほどまでに野球が好きだったのかと思うと胸が痛くなった。高校は野球部のないところを選んだらしく、アラキタさんは荒れる一方だった。



そして今年の初夏。たまたまテレビのニュースで流れた、ほんの0.2コマくらいの映像に映っていたのは紛れもないアラキタさんだった。髪は伸ばしているけれど、間違いない。私がアラキタさんを見紛えるはずがないのだ。その後ネットで調べて、はじめてアラキタさんの本名を知った。箱根学園という神奈川にある高校に通っていることも、自転車競技部に入っているということも、夏休みに三日間行われるというインターハイに出場することも知った。中学の頃から知っているはずなのに、知らないことのほうが多くて、何だか無性に泣きたくなった。



140525.