dream | ナノ



オレが好きだった苗字は死んでしまった。

大きくぱっちりとした黒い目も、人工的に作りあげたような長い睫毛も、ぷっくりした唇にわざとらしく乗ったピンクも、ベビーピンクのマニキュアをした長い指も、見せつけるように短くしたスカートも、バニラだかユリだか何だかよく分からないような香水の匂いも、茶色に染め上げ更に巻いた髪も、媚びるような甘い声も、全部全部、今生きているはずの苗字のものなのに、そこにオレが好きだった苗字らしさというものは欠片もなくなっていた。


中学の頃、苗字は黒髪で、黒縁眼鏡をかけて、スカートは規定の膝上。まるで絵に描いたような優等生だった。試験前は苗字のノートを借りればまず問題はないというくらい、丁寧に分かりやすくまとめてあった。オレはそんな苗字が大好きで、幼馴染として鼻が高かった。多分、ツッキーの次くらいに苗字の名前を上げていたような気がする。

そんな苗字と距離を置き始めたのは忘れもしない(というより忘れられない)、中二の夏休み。折り返し地点にあったその日、オレは苗字の家で宿題をする約束をしていたのだ。ところが家のインターフォンを押しても出てこない。部屋の窓に小石を投げてもカーテンが開かない。留守なのだと一人合点し仕方なく家に戻りクーラーの効いた自室でその日のノルマを終わらせようとペンを握った。

いつの間にか寝ていたらしく、気がつけば窓の外は真っ暗だった。時計を見ると夜の11時を回っていた。どんだけ寝ていたんだ。換算するのさえ恐ろしく、とりあえず風呂に入った。
上がってきて、冷蔵庫を開けるとジュース一本すらない。だから、近くのコンビニにジュースを買いに行こうと財布を持って外へ出たんだ。


コンビニに入るとすぐ苗字を見つけた。珍しく眼鏡を外している。コンタクトになんて、いつしたんだろうか。頭の片隅でそんなことを考えながら声をかけようとしたら苗字はレジへ向かった。折角だから一緒に買ってやろうとこっそり後ろへ回り込み、驚いた。
苗字が買っていたのは、ゴムだった。髪を結わえるゴムではなく、避妊具のゴム。うそだろ、苗字。それ誰と使うんだよ、なあ。喉元をすぎたはずのその言葉に音が加わることはなかった。



苗字が援交をしていると専らの噂になっていたことは、新学期になってようやく幼馴染のオレの耳に届いた。






オレが好きだった苗字はこうして死んだんだ。






「ア、タダちゃんだァ」
「………」
いつの間にか馬鹿っぽくなってしまった話し方にまだ慣れていなくて少し戸惑う。今日はツッキーと一緒ジャないんだねェ。くすくす笑う苗字を見て、やっぱりオレの好きな苗字は死んだんだと思った。


140511.
山口が天使すぎてつらい(ゲンドウポーズ)