dream | ナノ



天谷くんは女癖が悪い。そんなことは付き合うよりずっと前から知ってたし、もちろん覚悟もしてた。そもそも、私みたいなのと天谷くんが付き合ってるということ自体、奇跡に近いのだ。でも、今回は、さすがに。一人部屋に閉じこもって声を押し殺して泣く。
「おい、名前」
「うるさい、来ないで」
「………」
鍵はしっかりかけたから、天谷くんは入って来れない、はず。……部屋の扉でも壊さないかぎり。枕に顔を埋めたり布団を頭からかぶったりするけど、さっきの映像が頭から離れない。
さっきの−−、時は私が家に戻ってきた数十分前に遡る。




ただいま、と見下ろした玄関には天谷くんの靴と、赤いハイヒール。いかにも、女子が履きそうなものといった感じの。そこまではいい。その光景だけで言うのならむしろ何回何十回と見てきた。また天谷くんが女の子を連れてきたのか、ともはや悲しい気持ちすら沸いて来なかった。

−−天谷くーん。帰ったよー?

リビング、お手洗い、お風呂、天谷くんの部屋…、部屋という部屋すべてを覗いたけれどいなかった。おかしいなあ、どこに行ったんだろうと首を傾げた。まさか、と私の部屋を見つめる。いやいやそれはないよ。……ないよね?今まで普通に動いていた心臓がやたら早く鼓動する。「天谷、くん?」蚊の鳴くような声で、自分の部屋のドアノブを引く。がちゃり。簡素な音がして、開く扉。その先には、天谷くんと知らない女の人。天谷くんにしては珍しく、女の人に組み敷かれている状況に頭の中で整理が追いつかない。
出て行って!!次の瞬間、私はそう叫んでいた。落ちつけよと私を宥める天谷くんに大量の本やクリアファイルを投げつける。いいから出て行け、と叫んだのがついさっき。天谷くんも女の人も出て行った部屋で、私は一人疼くまる。
「なあ、名前ー?」
「ほっといてよ、もう。そんなに他の女の子がいいなら、さっさと私と別れればいいじゃん」
しまったと思っても、私の口は止まらない。
「さっきの女の子、美人だったね。天谷くんには、ああいう人がお似合いだよ」
違う、違う。こんなことを言いたいんじゃない。
「おい」
「天谷くん、別れたいならそう言ってよ。言ってくれなきゃ、私、わかんないよ。ばかだもん」
天谷くんを困らせてしまう、ようなことばかり。
もういやだ。自分で自分が嫌になる。天谷くんの前で、面と向かってこんなことが言えない自分に。本当は別れたくないのに、別れようなんて言ってる自分に。

「おいっつってんだろ!!」

天谷くんがそう叫んだと同時に、部屋の扉が壊される。あ、もうだめだ。完全に嫌われた。わっと泣き伏せる私に天谷くんは泣くなと怒鳴り出す。
「ん!」
「……う?」
ずいと目の前に差し出されたのは彼の携帯。多分、アドレス帳。そこには私の名前と、高畑くんの二つしかなかった。何これ、どういうこと?天谷くんの顔を見上げると「消した」と言う。
「お前と高畑以外のアドレス、消した」
「……え」
「浮気、もうしてねえから」
嘘、なんで。丸くなった目がますます丸くなるのがわかる。
「だ、だって…、じゃ、さっきの、は……?」
「…あれはあいつが勝手にやったんだよ」
嘘じゃねえからな、と釘をさしてくる。嘘を言っているわけではなさそうだ。もしこれが嘘なら、天谷くんは視線を右上にやるはずだのに、その素振りすら見せないのが根拠だ。彼の首に両腕を巻きつけてそっと抱き締める。
「…また家に女の子連れ込んだら、殺すから」
「はっ。アマちゃんのお前に出来んのか?」
私が言い返すより先に天谷くんは自分の唇で私のそれを塞いだ。こういうとこ、天谷くんはずるいと思う。


141205.
神さまを観て来た記念に。招き猫のときの天谷イケメンすぎました……。