dream | ナノ



暇さえあれば図書室で本を読むのが好きだった。とくに好きなブースは、窓際にある詩集のコーナー。そこからはテニス部の部活の様子がよく見えて、さらに言えば私がひそかに想いを寄せている宍戸くんの練習姿がよく見えるのだ。詩集が好きなわけではなかった。でも、宍戸くんを見るために私は毎日そこで本を読む。リルケ、ハイネ、ダンテにランボー。おかげで全部読んでしまい、残されたのはボードレールのみとなった。
今日の部活の時間も、ボードレールを読むふりをしてちらちらと宍戸くんを見ていた。2回くらい目が合ったような気がするのは、きっと気がするだけなのだろう。
「苗字さんボードレールなんて知っとるんか」
突然聞こえた低い声にびっくりしながら振り返ると忍足くんがいた。彼の目も私のそれと同様、眼鏡越しに驚いているのに気付いた。
「そんなにビビらんでもええやん」
「ご、ごめんね。集中してた、から」
忍足くんは私の隣りの椅子に腰掛ける。
う、わ。やばい、やばい。こんなところファンクラブのお姉様方に見られたら殺されてしまう…!慌てて辺りを見回すけど、放課後の、下校時間ぎりぎりの図書室にいる人の人数なんてたかが知れていた。って、いうか、
「忍足くん、私の名前、知ってたんだね」
「当たり前やろ。クラスメイトなんやし」
うっかりぽろっと出てしまった言葉に、まさか返事してくれるだなんて思ってなかった。しれっと言うところが忍足くんらしいというか、なんというか。
「帰らんの?」
「そ、そろそろ、帰ろうとしてた、とこ」
読んでいた本を本棚に戻しにいこうと立ち上がると「借りひんの?」少し驚いたように忍足くんが尋ねてきた。
「本の上限まで、借りちゃってて……。全部、あと少しで読み終わるんだけど」
「読み終わってへんのに、ボードレール読んどったんか」
「う……、ごめん」
「謝らんでええて」
忍足くんは何が面白いのか笑い出す。すると彼はふと私の手からボードレールを取り上げた。へ?顔を上げるとにっこり笑う忍足くんの顔。
「俺名義で借りたるわ。せやったらこれ、読めるやろ」
「そんな、悪いよ」
「ええって。それに俺もこの本、気になっとってたんや」
読み終わったら感想教えてな、とウインクされてしまえば現金なことにもう墜ちてしまったようだ。宍戸くん、ごめんなさい。心の中で小さく謝る。今日から私、忍足くん推しになります。


141019.
侑士Happy Birthday!!