dream | ナノ



俺と苗字はなかなかどうして、反りが合わない。もう三年も同じ部活で部員とマネージャーという関係を続けているがそれだけは変わらない。
苗字は見た目だけなら、まあいいほうだ。問題があるとするなら性格だろうか(赤也にこのことをぼやいたら部長も苗字さんのこと言えねえっすよ、なんて言われてしまった)。とにかく彼女とは反りが合わない。俺が右と言ったら左と言って、上と言えば下と言う。北と言えば南と答え、西と返せば東と返ってくるような関係。俺と苗字はなかなかどうして、反りが合わない。


そんな反りが合わない苗字と二人きりになることほどの苦痛はない。しかも苗字は、俺が彼女に距離を取っていることを知っていながらわざと二人きりになるのだから尚更だ。苗字だって俺のことは苦手なくせに、なんだって突っかかってくるのだ。
彼女と二人の部室。未だかつてないほどに息苦しい。呼吸の仕方を忘れてしまったようだ。いっそこのまま酸素欠乏で死んでしまいたい。「ねえ、幸村くん」苗字が口を開く。その度に俺は、毎回酸素を奪われていくような感覚に陥る。
「もし、もしだよ。立海テニス部のみんなが、神の子の寵愛を一身に受けている彼らが海に溺れてたとして、一人だけ助けられるなら、幸村くんは、誰を助ける?」
「新しい心理テストかい?」
平然を装うも内心はもうひやひやだ。次に彼女が何を言い出すのか、分かったものじゃない。苗字は一瞬きょとんとして、ああごめんと微笑む。
「幸村くんは全員を寵愛してるんじゃなかったもんね」
……ああ、もう。本当に。視界に彼女を捉えれば待ってましたと言わんばかりに指折り数えはじめる。皇帝と、悪魔と、マスターでしょ、それから、何気紳士も好きだよねえ。にっこり楽しそうに笑うからやっぱり苦手だと再自覚せざるを得ない。
「ね、ね。幸村くん、誰を助けるの?」
「……それ、一人しか助けらんないの」
「当たり前だよ。そんな、根本から覆すような答えは、求めてないからね」
「………」
やっぱり苗字とは反りが合わない。そう思いながらもしっかり誰を助けるか考えている自分が嫌いだ。一人だけ、か。他の人は、助けられない。例えば弦一郎を選べば。赤也を選べば。蓮二を、柳生を、仁王を、丸井を、ジャッカルを救えば。他の人は救えない。
「教えてあげよっか、幸村くん」
「………」
にこにこと。表情を崩すことなく苗字は、俺の頬に両手を添える。目を逸らすに逸らせず、彼女と強制的に顔を合わせるような形になって吐き気がする。
「幸村くんが助けるのはね、自分だよ」
「は、」
俺?なんで、俺。意味が分からない。でも何も言わないのめ癪だから余裕ぶって「随分面白いことを言うんだね」なんて言ってみる。
「面白いことなんて」苗字は照れたように続ける。
「だってね、幸村くん。本当なんだよ?神の子の寵愛を一番受けてるのは、他の誰でもない。きみじゃないか」
「俺も溺れてるの?」
「当たり前じゃん。私は、立海テニス部のみんなって、ちゃんと言ったでしょ」
苗字の両手が頬から離される。それだけなのに、なぜかどっと疲れが出た。「そしてきみも、」彼女はにやり笑いながら、俺の胸板に人差し指を置く。触れられた部分がやけに苦しい。
「立海テニス部のみんなのうちの、頭数にいるじゃないか」
「………」
「きみはいつだって、きみが助かる道しか用意できないんだ。だから真田くんに真っ向勝負を捨てさせた。柳くんを乾と戦わせた。赤也くんを悪魔にした。仁王くんにイリュージョンで戦えと言ったし、そんな彼と柳生くんをダブルスにさせなかった。丸井くんとジャッカルくんを言いくるめて、利用するだけしておいて、捨てた。じゃあきみは?きみは、あの夏、一体何を奪われたんだい?」
「それ、は」
言葉に詰まる。何もない。何も奪われていない。だって『神の子』なんて元から存在していないのだから。苗字の声を聞くのも億劫になる。「ほら、ね?」彼女の嬉しそうな声が聞こえる。

「きみはいつだって、きみが助かる道しか用意できないんだ」


141012.
シリアスな立海を書くと如何せん重くなります……