dream | ナノ



私と東堂は腐れ縁である。幼馴染といえばそうなのだけれどその表現を使うと彼のファンクラブだの親衛隊だのの皆さんに多大な迷惑がかかるらしい。何で迷惑なのか、よくわからないけど本人たちが言うのだからそうなのだろう。だから私は東堂のことを名前ではなく苗字で呼ぶし、関係についても幼馴染ではなく腐れ縁と呼んでいる。日本語って便利だ。

そしてその腐れ縁である東堂尽八という男はテンプレ道理なのだ。あえて本人の言葉を借りるなら「トークがきれて山も登れる、その上この美形!天は俺に三物を与えた」というのがまさにである。山も登れるって、そこ重要じゃないだろ。さらっと言ってやったらぎゃあぎゃあとうるさくなっただけ。なんて言われたかはもう覚えてない。だからたいしたことは言ってなかったのだろう、多分。
まあ実際彼は言う通りトークがきれ(ただ単に話上手なだけかもしれないが)、自転車で山まで登っちゃって(確か異名は山神だか忍者だか)、そんでもってムカつくことにほんとに美形。女の私が霞んでみえるくらいなのだから間違いない。それ以外にも成績優秀、運動神経抜群(といっても自転車以外は基本死んでる)、文武両道と世の女性たちが黙っちゃいないような特典がつきまくり。実際それは彼のファンクラブにまで反映されている。そしてこれもやはりテンプレなのだろうが、私はそんな彼が好きだった。




蝉がじわじわと外で鳴いている。今日も今日とて尋常じゃないくらい暑くて、そんな日でも東堂は懲りずにペダルを回してる。何が楽しいのかは知らないけど、まあ、死なない程度にやればいいんじゃない?
携帯を開くとメールの受信ボックスに21件も連絡が来ていた。まさか、なんて思って開いたらすべて同じ人物−−東堂からだった。これも、これも、これも。内容はどれも同じで、それが五分間隔に来ている。私をマキちゃんとやらと勘違いしてるんじゃないか?しばらく液晶画面と睨めっこをして、やがて折れた。仕方ない。こいつがこうなったら面倒くさいが会いに行かないと。やつがどんなに女子にモテようが何だろうがこればかりは腐れ縁である私の特権だ。神さまありがとう。都合よく信者になったところで私は寮を飛び出した。



呼び出されたのは近くのファミレス。内容は相談したいことがあるとのこと。何のこっちゃ。まさか、あいつ、また私の友人と泥沼になったのではあるまいな。そんな不安を抱きながら、おそるおそる東堂の姿を探す。「名前!!」…見つけるまでもなかった。向こうがにこにこ笑いながら手を振っている。5センチもヒールのあるお気に入りのパンプスと、とびっきりかわいい服と合わせて着てきた私は馬鹿なのだ。慣れない服を着て来てしまったことと、東堂に名前を呼ばれた恥ずかしさから足早に席に向かう。
「名前で呼ばないでって、言ってるでしょ」
「幼馴染なのだ、何を気に病む必要がある?」
こいつはほんとうに分かってない。ほんと、なんでかわいい服なんて着て来ちゃったんだろ。東堂の向かいに座ろうとしたら隣りに来いと仕草で表す。はあ?何考えてんの、馬鹿じゃない。いつもならそう言うはずだった。茹るような夏の暑さのせいという体にして私は久々に彼の隣りに座った。
「話ってなに」
「いや、なに。実はだな、名前の友だちの美紗ちゃんと…」
私が想像した通りだった。美紗と泥沼化したらしい。しかも今回は東堂に非がある。三股をしていたという。私はちびちび水を飲みながらそれを聞いていた。
「まずさ、なんで三股もすんの?三物に掛けてんの?言っとくけど全然面白くないしされた美紗は笑えないよ。スパークリングビューティーだかなんだかわかんないけと、あんたそろそろ真面目に眠れる森の美形になるよ。物理的に」
「スリーピングビューティーだ!!」
「あーそうそう、それそれ」
「おい!!」
それじゃないだろ、重要だぞ、そこは!!聞いているのか、名前!こら!!聞け!!東堂の声が段々遠ざかる。


ひどいものだ。美紗に振りまく愛があるのに、それは決して私に振りまかれることはないのだから。大体にして、私が東堂を「すき」なのと、東堂が私を「すき」なのでは根本的に意味が違うのだから。

「尽八」

久しぶりに東堂のことをそう呼んだ気がする。顔を見られたくなくて、机に突っ伏すような形になりながら言葉を続ける。「すきだよ」すきだよ、尽八。いつからかそうだったのか分からないけど、すきだよ。そういと尽八は一瞬間を開けてにっこり笑って、言うんだ。

「ああ、名前。俺もお前のことはすきだぞ」

違うのに。すきって、そっちの意味じゃないのに。瞳からぽろぽろ零れる雫を拭うに拭えず、私はひっそり泣いてしまった。


140911.
企画反重力さまに提出