dream | ナノ



月1か2くらいのペースで、苗字は俺に愚痴を言う。内容は、主に彼女と付き合っている彼氏のこと。他校のヤツらしく俺はそいつのことを詳しくは知らない。
内容は、主に喧嘩しただの、終電が間に合わなかっただの、自分を攻めるようなこと、エトセトラ、エトセトラ。正直聞きたくない話ばかりだが、それでも俺が話を聞き続けるのは、苗字に会える理由がほしかったから。詰まるところ、俺は苗字が好きなのだ。




「浮気された」
「……へえ、」
散々最悪だの、もう知らないだのと十分に渡り言い続けた苗字は泣きそうな顔をして俺を見た。「そうなん」冷静に言葉を続けるが腸は煮え繰りかえっている。何だ、それは。苗字というものがありながら、何でそないなことするんや。今すぐそいつに詰め寄りたい気分を必死に抑えた。
「財前は冷たいなあ」
「じゃあ俺に話さんかったらええやん」
「嫌や。財前に聞いてもらいたいねん」
何やの、それ。期待するやろ。「アホなん?」ああ、どうして俺はこんな言い方しか出来ない。「そんなん、あんたに言われんでも知っとるわ」下手くそに笑いながら苗字は長い長い溜息をつく。
「私、何であんたと付き合わんかったんやろな」
「………」
「…財前?」
名前の小さな手に自分のそれを重ねて、握ってみる。こうすればいつだって、彼女の手を掴めることができる。でも、違う。違うのだ。こういうことではないと、自分で一番、よく分かっている。
「どないしたの?」
「いやあ。苗字の手、意外と分厚いなー思うて」
「何やのそれ」
ムカつくわ、とはにかみながら言われる。ムカついとるんは俺のほうや、アホ。どこの馬の骨かも分からんようなやからに、苗字のこの手を掴まれてたまるか。彼女の手を強く握る。せやけど。すべてが遅すぎた。俺は今、確かにこの手を掴んでいるはずなのに、この手は掴めないのだ。


140902.
企画僕の知らない世界でさまに提出