dream | ナノ



バケツをひっくり返したような雨とはまさにこのことなんだろう。私は昇降口でただただその雨を見つめるだけ。
天気予報で雨が降るなんて聞いてなかった私は当たり前のように傘を持って来てるわけなんてなく。しかもこんな日にかぎって折り畳み傘は忘れてしまうし、部活終わりで周りに誰もいないし。小さく溜め息をついた。濡れて帰るしか、ないのか。意を決して頭に鞄を掲げ、足を一歩踏み出した、まさにそのときだった。
黄色と水色の、パステルカラーの水玉模様の傘が視界に入る。この傘は、と視線だけを後ろに向けると苗字さんがいた。「やっちゃん、濡れちゃうよ」とにんまり笑いながら彼女は私に傘を差し出した。
「部活、何かやってんだっけ?」
「……え、あ、バレー部…」
「バレー部?!」
まじか、やっちゃん。苗字さんは目を丸くさせるから慌てて「の、マネージャー」と付け加える。ふうん。苗字さんはやっぱり笑いながら言った。
「やっちゃん、ジャーマネなんだ?今帰りってことは、男バレか!!さぞモテモテなんだろい?」
「そ、そんなことないです!滅相もない!!」
照れなさんな、と苗字さんはにやにや笑いしながら私を小突いてくる。うう、全然全くこれっぽっちもそんなんじゃないのに。
「やっちゃん、家どっち?途中まで送ってくよ」
「え!そんな悪いよ!!」
いーからいーから、と彼女は私の腕をとり傘の中に無理矢理入れる。や、やばい。この状況は。苗字さんといえば男女問わず人気者で、気配りが出来て、美人で……。こんなところクラスメイトに見られでもしたら、私、殺される!確実に刺される!!息の根止まる!!ただでさえ部活では清水先輩という美しさの塊のような方の近くにいて命が危ういっていうのに、この期に及んで……ッ!!
「いや、あの、私、ほんと…」
「だってさあ、雨すごいよ?傘差さなかったら、風邪引いちゃうじゃん」
お詫びに今度数学のノート見せてね、と付け加えられる。割に合わないような気がしてならない。
「それにさあ、風邪引いちゃったらやっちゃんの笑顔見れないじゃん?あたし、結構好きなんだよねー、やっちゃんの笑顔!」
「………、」
苗字さんって天然垂らしなんだろうか。日向とは、また違った意味で。割に合わないような気はするけれど、苗字さんの折角の好意。ここで断っても多分刺されるし一緒に帰っても刺される。それなら、もう、どうにでもなれと頭を下げてお願いする。
「もー、硬いなあ、やっちゃんは!クラスメイトなんだし、そんなん気にしないの!」
にっこり笑いながら苗字さんと同じ傘に入った。濡れてない?大丈夫?と私のほうに傾けられた傘に雨の音が反射する。

「なんかねえ、傘の中っていつもの数倍声が綺麗に響くんだって。だからさ、やっちゃん。喋ろうよ」

そう言って笑う苗字さんはやっぱり天然垂らしだと思った。


140825.
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