dream | ナノ



※リスカ、流血表現有※




























手首にカッターの歯をたてる。死にたいわけじゃない。つらいことも何もないけど、私は時々、確認したくなるのだ。何も考えず、ほとんど無心で切り傷をつくる。丸い丸い、赤色の球が現れる。ああ、これだ。これなのだ。私の血。お兄ちゃんにも流れてるはずの、同じ血。お兄ちゃん。私の大好きな、お兄ちゃん。そっと目を閉じればお兄ちゃんの黄色の、一見ごわごわしているように見えて実は柔らかい髪が思い描ける。
「寿一、」
絶対に呼べないお兄ちゃんの名前を小さく呟く。お兄ちゃんの名前は空気と混ざり合い、形を成さないまま消えていく。手首に乗っていた赤い球は、いつの間にか流れ出し、床に染みを作っていった。
私の血が、寿一お兄ちゃんと同じ血が、今流れてる。私とお兄ちゃんを兄妹だと決定付けている、根本的な赤い糸が。……ああ!!
髪を振り乱しながら、声にならない声で悲鳴を挙げながら、机の上にある一切のものをすべて投げる。お兄ちゃんがくれた花を活けてある花瓶、お兄ちゃんがくれた髪留め、お兄ちゃんがくれた参考書、お兄ちゃんがくれた自転車の本、お兄ちゃんがくれたシャーペン、お兄ちゃんがくれたノート、お兄ちゃんがくれた消しゴム……、全部が全部、お兄ちゃんがくれたものだった。お兄ちゃんは大好きなのに、お兄ちゃんが大好きだからこそ、私はお兄ちゃんがくれたものを見ると、とても嬉しくなるし、とても苛立つ。
「名前」
扉の向こうから愛しい人の声がする。帰って、来てたのか。そういえば昨日、帰って来るってお母さんが行ってた、ような。「お兄ちゃん、」呼んだ声が部屋の中で弱々しく呟かれたその声は、空気に溶けることはなかった。私はこんなにお兄ちゃんが好きなのに、その人の名前を呼ぶ資格すらないのだと思うと涙が溢れてくる。
「母さんから聞いた。何があったんだ?俺でよければ、話してくれ」
お兄ちゃん。優しいお兄ちゃん。大好きなお兄ちゃん。今、扉を開けて彼に胸のうちを伝えられたらどんなに楽だろう。私とお兄ちゃんを繋げている赤い糸が今になってじわりじわりと痛みを持ちはじめる。この糸があったからこそ、私とお兄ちゃんは繋がれている。こんな糸がなければ、私とお兄ちゃんは繋がれない。扉の向こうで私に話しかけるお兄ちゃんの声は優しくて、扉のこっち側にいる私には、それが至極悲しく思えた。


140817.