dream | ナノ



確かに僕は名前にラインをした。遠回しに傘を持ってきてほしいという内容(具体的に言うと傘、忘れた。今雨降ってる、という内容のもの)を書いた。分かった。蛍ちゃん、待ってて!と、全く可愛くない(本人は気に入ってるらしい)スタンプを押された。そして、今。目の前に名前を見て深々と溜息をつく。すると彼女は驚いたように目を丸くする。
「蛍ちゃん、どうしたの」
「どうしたの、じゃないでしょ……」
ありえないでしょ。こんな雨、降ってるのにサ。いや、傘持っていかなかった僕も悪いのかもしれないケド。もう一度名前を見る。もしかしたら見間違いかもしれないから。でも見間違いなんかではなく、彼女の手元にある傘は名前自身が差している一本だけだった。
「……何で傘、一本しか持ってきてないの」
「え…」
本当有り得ないよね。僕に濡れて帰れってこと?そんなに僕は名前に嫌われてたのか。いつか山口が彼女の存在について口を滑らしたとき、王様に言われた「むしろお前が好かれる要素がない」という言葉を思い出す。名前はちょっと困ったようにはにかみながら、ごめんねえ、とだらしなく緩みきった顔をしながら続ける。
「……蛍ちゃんと相合傘、したかったの。だから、傘一本だけしか持って来なかったんだ」
「………」
何だその理由は。くそ、可愛いな。にやけそうになる口元を手の甲で咄嗟に隠す。名前の顔がまともに見れる気がしない。君ってさあ。気づかないでくれと願いながら口を開く。
「馬鹿だよね」
「蛍ちゃんひどい」
彼女はこの場面で、僕が可愛いとか言うキャラだとでも思ってるのだろうか。じろじろと彼女を見て、少しだけ考える間を空ける。その間があると必ず名前は困ったように僕を見つめながら静かに黙っている。これくらいの間なら不自然じゃない。切り出すタイミングは、今だ。
「でも仕方ないから」
彼女の持っている傘を代わりに持ってやると大袈裟なくらいに目を丸くさせる。何そのオーバーリアクション、アカデミー賞でも狙ってるの?喉元まで出かかったその言葉をぐっと飲み込む。こんな詰まらないことで、名前を変に傷つけたくない。
「今日だけ特別」
「……蛍ちゃん!」
安心したとばかりに今度は跳ねながら僕の腕にしがみつく。さっきから胸当たってるんだけど。押し付けないでくれる?無意識のうちにそれをしてしまっている名前に言うのが何だか癪だった。僕だけ意識してる、なんて思われたくないし。



後日、それをたまたま見ていた小さいのに問い詰められることになるのを僕はまだ知らない。


140622.
女の子に翻弄されるツッキーたまらんです