dream | ナノ



巻島くんの髪は長いよねえ。苗字はいつだって、そう笑いながら俺の髪を触るんだ。いくら俺の後ろの席だからって、少しは我慢してほしいショ。せめて授業中に触るのだけは止めてほしい。そう抗議すれば何で、と目を細める。
「髪の色、こんなに綺麗なのに」
「…そんなこと言うやつ、お前しかいねーっショ」
「そうかな?緑と赤。いいと思うけどなあ」
にこにこしながら苗字は俺の髪を指に巻きつける。遊ぶな。彼女の額に思いっきりデコピンを喰らわす。あう、と短く低く唸る。
「痛いよ、巻島くん」
「わざと痛くしたんだから当たり前ショ」
それでも苗字のにこにこ顔は収まらない。くそ、ほんとなんなんショ、こいつ。だから苦手なんだ。じっと睨むと穴があいちゃうよ、と照れたようにまた笑う。指には相変わらず俺の髪を巻きつけて。



「巻島くんは知らないんだろうけどさ、あたし結構好きなんだよね」



そう言って、巻きついている俺の髪に小さく唇を落とす。むず痒い、というよりぞわぞわした。何だ、これ。こんな感覚、グラビア見てるときでも感じない。
苗字のプロポーションがいいというわけではない。むしろほとんど悪いに近いだろう。胸はあるんだかないんだか全然分からないし、スカートだって規定の長さから短くしたところを見たことはない。髪は今時に似合わない三つ編みで、眼鏡こそかけてはいないがどちらかといえば地味なほうだ。
そんな苗字に、俺は今少なからず欲情している。何てこった、この俺が。頭を抱えると苗字はまた笑い出す。
「ふふ。やっぱり好きだなあ」
「………ショ」
何が。聞こうとした言葉は生唾と一緒に飲み込んだ。苗字が今度は、俺の手の甲にキスをしたから。ここまでされて黙っておくのは金城くらいだろうが、生憎俺は金城ではない。苗字。彼女を呼ぶ声が震え、裏返る。頭に疑問符を浮かべながら顔を上げた彼女は、にこにこ笑顔のままだった。
「どうしたの、巻島くん」
「……、苗字、お前それ素か?」
「?どれ??」
素か。素でそんなことを言ったり、やったりしているのか。天然たらしは存在したのか。頭を抱えていると苗字は小さく含み笑いをしてまた俺の髪に触れる。




「あたし、緑と赤大好きなの。だから、巻島くんの髪、好きなんだ」




『巻ちゃん!!珍しいな、巻ちゃんが俺の電話に出てくれるなんて!!』
「東堂、女子って怖いな……」

その日の部活、東堂にそう漏らしたら根堀り葉堀り聞かれた。


140615.