dream | ナノ



坂道くんが二つのことを同時にできないということなんて分かっていた。だから、自転車を始めたと聞いたとき、なんとなくだけれどいつかそんな時が来るんじゃないかと予感していた。
でも優しい坂道くんは私にそんな話を持ちかける様子は疎か、素振りすら見せない。ああ、ずるいなあ。坂道くんはずるい。私が坂道くんのこと大好きだって分かってるくせに、離れられないって知ってるくせに、私に言わせるんだから。でも、だめだ。私が、言わなきゃ。坂道くんの、お荷物にだけはなりたくないから。

思えば坂道くんとは中学のころから付き合っていた。当初はなんてかわいい子なんだろうと、目で彼を追う日々が日常だった。話しかけた言葉や交わした会話の節々は今でも鮮明に思い出せる。好きです、と告白したときに慌てた坂道くんはひたすらにかわいかった。でも僕オタクだし、と自分の価値を下げるようなことを言う彼の真意が分からなかった。そんなの関係ないよ。ねえ、よかったら私にも教えてくれる??坂道くんの手を取る私の顔は恐らく真っ赤だったであろう。
それから坂道くんの彼女というポジションを手にいれた私はどんどん彼に、一つのことに集中する彼に惹かれていった。だから高校も同じところに入った。でも、多分、もう潮時なんだ。これから夏休みに入ると坂道くんは、インハイに向けて今以上に自転車に集中する。二つのことを同時に出来ないのに坂道くんは、私とも付き合ってくれる。それだったら、それくらいなら、いっそのこと。


「坂道くん、別れよ」


ありがとう、坂道くん。大好きだったよ。





「坂道くん、別れよ」

名前さんが何を言っているのか僕には分からなかった。いや、違う。本当は全部、分かってるんだ。どうしてこうなってしまったのかも、なんで名前さんがそんなことを言ったのかも、全部、全部。

名前さんと付き合いはじめたのは中学の頃。最初のうちはよく目が合う、かわいい女の子だと思っていた。同じクラスになると誰より一番に挨拶してくれた。告白されたときは驚いた。でも僕オタクだし。そう言えば関係ないよ、と僕の手を握ってくれた。そのときの名前さんの顔は真っ赤で、りんごのようだった。
その日から僕には名前さんという彼女ができた。名前さんは僕には勿体無いくらいよく出来た彼女だった。高校生になって、自転車競技部に入って、名前さんと一緒にいられる時間が少なくなっても文句の一つも言わない。僕は多分、そんな名前さんの優しさに甘えていただけなんだ。つらいけど。悲しいけど。名前さんのお荷物にだけは、なりたくないから。
「……うん、そう、だね」
ありがとう、名前さん。大好きだったよ。


140603.