「うる、さい…」


休日、私の目を覚ましたのはしつこいほど鳴る電話の音だった。何十回鳴らす気だ、と言いたくなるほど間髪入れず掛かってくる。誰だと思いまだしっかり覚醒していない頭を無理やり起こしてケータイの画面を見れば「総悟くん」の文字。


「う……見なかったことにしよう」


容赦なくお隣さんから鳴らされ続ける着信音から逃れるようにマナーモードに設定して、さてもう一眠りするかと布団を深く被ったところで玄関から物音がした。やばい、と寝たふりをしようとしたところでガシッと頭を掴まれ思わずヒィッと声が漏れる。


「おい、誰の電話無視してんでィ」

「…おは、おはよう総悟くん」

「誰の、電話、無視、してんだ?」

「だって今日日曜日だから…」

「俺だって大事な休日返上して朝っぱらから電話してやってんだ。いいから支度しろィ」

「え、支度って?」

「汚ェ面で外出たくねぇなら早くしろ」


支度?なんの?なんて思いながら起き上がってボーッと総悟くんを見ると私服姿で、出かける準備はばっちりですみたいな格好だ。さながらジュノンボーイ。いやはや今日もかっこよろしいことで。

とまぁ、きっと総悟くんがどこか行くから朝ごはん作れとかそういうことなんだろうなぁ。


「はいはい、朝ごはんだよねー」

「あ?だから外出るっつってんだろ」

「外?私が?」

「俺と、お前が」

「総悟くんと、私が」

「おいマジで早くしねぇと…」

「ちょ、ちょっと待って早くしないと何!?途中で止めないで怖い怖い!」


状況はまだ把握しきれていないけど総悟くんの顔にイラつきが見え始めた為慌てふためく。とりあえずこれは私も外出する準備をしろということでファイナルアンサー!?


「…総悟くんメイクしてる私嫌いだったよね?」

「は?」


大急ぎも大急ぎで顔を洗ってお気に入りの服をクローゼットから引っ張り出しあとは、と思ったのだがそういえば前に私が休日だからとメイクをして剣道場まで出向いた時に無理やり(主将さん使用済みの臭い)タオルで顔を拭いて落とされたことを思い出す。待たせているしこれ以上不機嫌にするわけにはいかないので細心の注意を払っているのだ。


「前タオルで落とされたから、ほら、あの、」

「バカなこと言ってねーでとっとと気合い入れて顔面作れ」

「えっ」

「あん時より手ェ抜いてブスだったら殺す」

「えっ!?」


なんだろう、あの時と心境の変化があったのかな。すっぴんで外に出るよりは助かるので有難く全力を注いで化粧をさせていただこうと思う。と言ったってそもそもがそんなに厚塗りするタイプではないのだけど。


「総悟くん、心変わり?」

「何が」

「化粧、嫌いだと思ってたよ」


無言で私だけ準備して待たせているのもなんだったのでそれとなく話しかけてみる。総悟くんは依然、私の真後ろで胡座をかきながらジーッとこちらを見つめている。


「別に。嫌いじゃねェ」

「でも前は、」

「俺の為にするんだろィ、今日は」

「…あ、あーえっと、あー」


鏡越しに総悟くんの方を盗み見るとふい、と視線を逸らされたことから察するにもしかするとこれは総悟くんなりのデレだったのかなと思う。どこか照れている様子が可愛く見えて、いつもの分もう少し辱めてやろうとふと思いついたことを言ってみる。


「ねぇ、もしかして今日のこれはデート?」

「はぁ?」

「いや、総悟くんがデートに誘ってくれてるのかなって、思いまして」

「だったら何だよ」


おっと、意外と照れる様子もなく返されたぞ。一筋縄ではいかないですよね、と諦めて「何でもないです」と返すと何を思ったのか総悟くんは胡座を崩してジリジリとこちらに近づいてきている。真後ろまできたところでぴたりと止まり、耳元に口を寄せられ私は声も出せないままロボットのように一時停止した。


「なァ」

「…は、はいぃ?」


あ、情けない声が出た。低く腰に響くような甘ったるい声で呼び掛けられぞわりと背中が粟立つ感覚がする。


「恋人同士のデートっつったら何するか分かるか」

「え、映画とか、カフェとか…」

「そんで?」

「ええと、え、ええ、スタバとか、ドトールとか、コメダ珈琲とか…」


何言ってんだ私!いくら恋愛経験値の低い私でもそんなお茶ばっかりするわけないことくらい分かるわ!
きっと良からぬことを考えてのことであろう総悟くんの行動に冷や汗が止まらず、思考回路も体と一緒に停止してしまっているようだ。


「最後、どこで組んず解れつするか分かるかって聞いてんでィ」

「く、組んず解れつ!?」

「ただ出かけて飯食ってはいさようなら、ってそんなつまんねェプランのためにわざわざ俺が起こしにまでくると思うか?」

「そ、それは」

「なァ?なまえ」

「…っあああいやあのそ、総悟く、」


さらに色気を増す声、近づく吐息、甘く囁くように呼ばれた名前。私がもし本当にロボットだったとしたら今頃「キャパオーバー、パンクします」という無機質な音声が部屋に鳴り響いていたと思う。火が出そうなくらい熱い顔を覗き込んできた総悟くんは心底楽しそうに肩を震わせ、我慢出来なくなったのかついには吹き出した。至近距離だったせいで唾が飛んできた。

しかしお陰で耳元で聞こえていた腰に悪い声は遠ざかり、鏡にはパクパクと口を開いたり閉じたりする私と後ろで腹を抱えるドSが写っていた。


「お前が俺に勝とうなんざ一兆三千億年早ェ」

「へ…え?」

「何がしたかったのか知らねーけど、ニヤニヤし過ぎでィ」

「…あ、はい」

「分かったらとっとと準備しろブス」


どうやら仕返しをしようなんて総悟くんにはお見通しだったみたいだ。悔しいけど確かに勝とうなんて一兆三千億年くらい早いかも知れない。私にはあんな腰に悪い声出せませんし。
なんて未だ力の入らない手先でぷるぷると化粧をしながら思った。

総悟くんは既に横になりながらテレビを見ている。我が家のように寛いでいる光景は至極いつも通りだ。うん、これ以上からかわれない内に早く準備を終わらせよう。



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