バカな女、第一印象はたったそれだけ。

高三の五月、なんとも微妙な時期に引越すことになった俺の新居の「お隣さん」とやらはからかったら期待以上の面白ェ反応をする女だった。初めこそ暇つぶし程度の感覚で、毎晩毎晩隣の部屋に邪魔して一緒に飯を食っている内にその女がひどくお人好しでどこか抜けた奴だと分かった。


「総悟!今日は飯でも食って帰るか?」

「あー、悪ィ近藤さん。俺今日は帰りまさァ」


帰ればあいつが「メニュー考えるの大変なんだからね」なんてぶつくさ言いながらも飯を作って待っている。最初は俺から作っとけよなんて言い始めたわけだがここ最近は別にわざわざ声なんてかけていない。つまり今日も準備してあるなんて保証はない、のだけどいつも自然と足は隣人の部屋の前に向かっているのだ。


「沖田くんさぁ、彼女でも出来た?」

「なんでアンタにそんなこと聞かれなきゃなんねーんだ、気持ち悪ィ」

「仮にも担任よ?やっぱそういう生徒の不純異性交遊については把握しておくべきかと思って?」


嘘つけ茶化してぇだけだろ、なんてわざわざ言うことも怠くてニヤニヤした顔の銀八から目をそらす。なんつームカつく顔してやがんだこのおっさん。


「え、何無視?無視されてんの俺!?」

「うるせェや。んなもん出来てたとしてそのクラス担任様に何の関係があるんでィ」

「いやぁ、最近沖田くん部活終わったら真っ直ぐ帰ってて、新婚のサラリーマンみてぇって評判も評判だぜ」

「そんだけで惚れた腫れたの話に繋がるたァ、俺の周りは盛りのついた猿ばっかってことか」

「まぁまぁその猿たちの予想もあながち間違っちゃいねーんじゃねぇの?」


変に勘繰りやがって、気持ち悪ィやつだ。やけに絡んできやがるなと思っていたが、そのあと銀八の言った言葉で納得がいった。


「せんせー昨日見ちゃったんだよなぁ、沖田くんが夜女の子とマンション入っていくとこ」

「…家まで付いてくるってストーカーかィ」

「違いますぅ!お前んちから近いからたまたま見ちゃったんですぅ!」


ああ、めんどくせぇ奴に先日の様子を見られてしまったようだ。先日の様子、とは例の隣人と夕飯にラーメンを食べに行った時のこと。気になった店があったからと連れ出され、「総悟くんと行こうと思ってたんだ」なんてどんな殺し文句だよと柄にもなく顔が熱くなったのは記憶に新しい。


「ま、俺が呼んだのはそういうんじゃなくて、お前の遅刻が流石に多すぎるっつー話がしたかったんだけどね!」

「じゃ、話終わったならお先失礼しやす」

「いや聞いてる!?終わってないから!本題これからだから!」


既に呼び出された職員室に背を向けて歩き出している俺の後ろからギャーギャーと叫ぶ声が聞こえる気もするが、たぶん気のせいだ。俺の頭の中はもう今日の献立について一色である。


「総悟くん部活お疲れさまー」

「げ、またカレーかよ」

「いやもう週三カレーでもよくない?私カレー好きだよ、好きな気がしてきた」

「レパートリー増やそうって気はねェのかアホ」


文句を言いつつも腹は減っているので大盛り三杯、きっちり食べ終わってからボーッと銀八に言われた話を思い出す。


「新婚のサラリーマン、ねぇ」

「え、なに?」

「別に。こっちの話でさァ」


生憎こいつとの新婚生活なんておかしなことは考えたこともないがまぁ悪くねェんじゃねーの、なんてもっとおかしなことを思ってしまった俺は少し疲れているのかもしれない。

この数日後、まさか俺が告白なんて馬鹿げたことをなまえにするなんて思ってもみなかったわけだ。本当、馬鹿みてェな話である。



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