惚れた弱みというやつ
「あっちィ…」
「帰れば?」
待ちに待った念願の夏休み初日。
アホみたいに蒸し蒸しした空気とアホみたいにうるさい蝉。それとアホ。
「帰れたらとっくに帰ってんだろィ」
「いや、帰れるでしょ勝手に押しかけてきといて何言ってんのあんた」
「ゴリゴリくん買ってきたら帰ってやらァ」
「さっきも言ってたじゃんそれ買ってきたのに帰ってないじゃん!!」
「ケチケチすんなよそんなんだからいつまでも処女なんだろ」
「はいセクハラです帰ってください今すぐ」
いきなりうちに押しかけてきたと思ったらまるで自分の家であるかのようにソファに転がって漫画を読み漁るこのアホ。
何をしにきたのか聞いても答えもしなければやれゴリゴリくんを買ってこいだのやれ茶をいれろだの実にいいご身分だ。
「で、何しにきたの」
「どうせ暇してんだろうと思って会いに来てやったんだから感謝しろィ」
「忙しいから帰っていいよ」
「んなブスなすっぴん晒しといて何言ってんだこいつ」
「帰れよもう!!」
なんだよなんだよなんだよ!夏休みに入って浮かれてはいたものの予定は何もなくて、せっかくの長期休みなのに総悟とはどこに行くなんて約束もしてなくて、ちょっと寂しいなぁなんて、思っていたから少し嬉しかったりしてた私の気持ちを返せよこのクソ野郎!
「私本当にあんたと付き合ってんのか不安になってきたよ…」
「妄想を現実に持ち込まないでくだせェ」
「え、待ってそもそも妄想だったの?私あんたのことそんな好きだったっけ?」
「あーあーモテる男は辛ぇや」
「帰れよ」
本日何度目かわからない帰れよ、の言葉にもちっとも動じない。動じないどころか棚に隠してあったポテチまで勝手に食われる始末。
いいんだけどさ、別に、いいんだけどさ。学校がなくても会えたことだけで嬉しいってそういうことにしておけばいいのかな、これ。
なんて机に総悟曰くクソ重たい体重(ぜったいそんなことない)を預けて項垂れながらなんとも言えない沈黙にぼーっとすること数分。
「あした」
「明日?」
と、漫画から顔を上げもせず総悟が呟いた言葉を繰り返す。
「水着持って10時駅前」
「え?あんたが?海行く自慢でもしに来たの?」
「1秒でも遅れたらジャイアントスイングな」
「私も行くの!?」
「あ?他に誰がいんでィ」
あ、もしかして2人?なんて気づいた瞬間から頬の力が緩みに緩んでなんともだらしない顔になってしまった。そしてよくよく考えると今日総悟は私を海に誘いに来たんだろうか、なんて良い方向に考え始めてしまえばもうニヤニヤせずにはいられない。
「へっへっへ…」
「なんつー顔してんだバーカ」
「いやーなんか嬉しいなって、おもって」
「へーへーそりゃよかった」
素っ気ない返事をして相変わらず漫画からは目を逸らさなくて、それでも耳がちょっと赤いのは暑いからなんだろうか。
「わざわざ誘いに来てくれてありがとね」
「うちのクーラー壊れた」
「…クーラー?」
「このクソ暑い中クーラーが壊れたんで涼みにきたっつってんでィ」
なーんだ、可愛いとこあんじゃんなんてニヤニヤしながらお礼を言ってやったらこれで、照れ隠しかと思ったらそうではないらしくいかに自分の家が今灼熱地獄か熱弁されてしまった。
「可愛くなーい」
「まあそんな卑下すんなって」
「あんたのことだよ!!」
むかつくこともある(というかそっちの方が多い)けど私は総悟のこういう不器用なところがどうにも好きらしい。