ばかなの?
「さがるくんはばかなの?」
「えっ」
いつも通り屯所で書類の山と格闘しているといきなり女中のなまえちゃんに罵倒される俺。どいうことなんだ。
「沖田さんの仕事でしょ、それ」
「あー、そうだけど、始末書は俺の仕事みたいになっちゃってるし、まあ…」
「ふーん。私、お昼休憩だから手伝ってあげる」
「え!いいよ!休憩ならちゃんと休まないと」
「お昼、一緒に食べたいの」
なまえちゃんはたまにこういうドキッとするようなことを平気な顔で言ってくるのだ。毎回毎回こんなやりとりに慣れることなくドギマギしちゃう俺も俺なんだけどね…。
「坂田さんに美味しいお団子屋さん教えてもらっちゃって、退くんと行きたいなって」
「あ、ありがとう…じゃあ早く終わらせちゃおうか、時間なくなっちゃうし」
「うん」
黙々と2人で作業を続ける中、カチカチと時計の音だけが響く部屋。なんだか手伝わせてしまって申し訳ないという気持ちと、早く一緒に出かけたいなんて浮ついた気分にどうにも手が進まない。もう今日はこのままサボってしまおうか、これ、沖田隊長の仕事だし。
「それにしてもやっぱり今日は量が多いなあ…」
「だから、退くんはばかなの?」
”だからもうサボっちゃおうか”なんて言葉を出す前にまた冒頭の罵倒に戻ったことに驚いて言葉を失う。え、なんで俺こんなに怒られてるの?何かした?
「ば、ばかじゃないよ」
「ふーん」
なまえちゃんが手を動かしながら言った一言にやっとのことで返事をすれば、またお互い黙々と作業を続ける。こんなやりとりが3回ほど続いたわけだけど。
「じゃあなに」
「じゃあって?」
「ばかじゃなかったら、退くんはなんなの」
「え、っと」
お決まりのばかなの、じゃなくて少しびっくり。横顔しか見えないので怒っているのかなんとなく言っているのかは分からないけど、何度も話しかけてくるってことはもしかして俺と会話がしたいのかななんて思ってしまって、
「なまえちゃんの彼氏、とか?なーんて…」
「死ねば?」
「ですよね」
笑って軽く流してくれるかなとふざけてみると冗談きつい、なんてしかめっ面をされてしまっては流石の俺だって傷つく。この歳になってこんな若くて可愛い子に構ってもらえるだけでも有り難いって思えってことですか。そうですよね。そうですよね。でも俺だって一応本気でこの子が好きなわけで、敵も多い中頑張ってアピールしてきた甲斐があってのこの関係なんだ!負けるな俺!頑張れ俺!男を見せろ山崎退!
「じゃあさ」
「うん」
「本当に付き合ってみな、い…?」
「えっ」
冒頭の俺と同じ言葉で返ってきたわけだけど、冷ややかな目で見られても俺は諦めない。年上の、大人の男としてビシッと決めるところだ。
「お、俺と付き合ってもらえませんかァ!!」
多少声が裏返ったが、一世一代の告白をしたというのに目の前の女の子はため息を吐いてからこう言った。
「ばかなの?」
「ですよ、ね…」
「…私が退くんのこと好きなの気づいてなかったの?」
「え?え?」
「告白が遅い」
「す、すいません」
「意気地なし」
「すいません!」
「毎日毎日人の仕事まで引き受けちゃってさ」
「返す言葉もございません…」
「そういうばかで優しいとこも好き」
「すいませ、え、あっ、え!」
言った後に「終わった!お昼行こ!」と俺を引っ張る手が暖かくて、あーこれって両思い?なんてニヤけてしまってまたなまえちゃんにばか!と肩を殴られた。
ちょっと痛かったけど俺、もう馬鹿でもいいです!