これが僕らの馴れ初めです


「坂田さん いい加減ツケ払ってもらえます?」
「払う金がありゃ払ってんだろーが。つまりそういうことだ」
「つまりどういうことですかね」
「今日も一文無しっつーこと」
「お帰りください」


我がもの顔でいつも通り端の席を陣取り注文の為に片手を上げ私を呼んだ坂田さんを睨みつけると当然のように求めていなかった返事が返ってきた。街の廃れた定食屋でツケを溜め込むなんていい大人のすることではないのでいい加減にして欲しいのだ。こちらとしてもいつまでも肉親でもない男にタダ飯を食わせてやる財力なんてないのだから。


「今日こそ払っていただきますよ」
「だーから、そんな金ねェんだって」
「そんな金ってなんですか、あんたが食って消化した分の代金払えって言ってるだけですよ」
「依頼料入ったら払うって」
「あなた昨日パチンコしてたでしょ。つまり依頼料入ったはずですよね?」
「見てたなら話は早ェじゃねーか」
「まさか全部スったんですか!?」
「おうよ」
「何堂々としてんですかありえない本当に大人としてありえません」


呆れたようにため息を吐くとまたもや当然のように注文を繰り返される。出してやるもんかと聞こえないふりをして「ツケ」と一言放つと坂田さんの眉間に皺が寄った。おい、そんな顔したいのは私の方だ。今日こそは 今日こそは払えないのなら料理は出すわけにはいかない。


「なまえちゃんさァ」
「なんですか。ツケ払う以外の言葉は聞きたくありませんよ」
「婚活してんだって?」
「ぶっ!」


何を言い出すかと思えばこの男。どこからその情報を仕入れてきたんだ。確かに私はここ最近婚活と呼ばれるであろうことはしている。出会い系紛いのサイトに登録して婚活パーティーとか言われるような所謂合コン的なあれにも参加しているし周りに良い男性がいないか聞いてみたりもしているが、坂田さんにそのことを教えた記憶は微塵もない。なのにニヤニヤとこちらを伺いながら知るはずもないことを言ってのけたこの男の情報源はどこだ。


「そうだよなぁ。もう結構いい年だもんなぁ?」
「どこから聞いたんです」
「そんな怖い顔すんなって。いつも来てる爺さんとたまたま飲み屋で会ってよォ。いい奴いたらなまえちゃんに紹介してやってくれって言われたわけ」
「余計なお世話なのでお気になさらず」


あのクソジジイ、よくも一番知られたくないやつにバラしてくれたな。次来たら定食の唐揚げひとつ減らしてやる。怒りにわなわな震える私を見て何を思ったか坂田さんは今何かを思いつきましたというように手のひらに拳をぽんと乗せ目を大きくさせている。これ以上余計なことを言い出したら首根っこ掴んで追い出してやる。


「ツケ払ってやるよ」
「は?」


次の言葉次第では二度と店に立ち入れなくしてやろうと思っていた矢先、まさかの一言が出てきた為 一瞬反応が遅れる。お金持ってないんじゃなかったのか。払ってやるよという偉そうな言い回しについては一旦置いておくとして、払ってくれるなら有り難いし万々歳である。気が変わらない内にとっとと徴収してしまおうではないか。


「今までの全部ですよね?」
「おう」
「…今更嘘とかやめてくださいよ」


疑うようにじろりとつま先まで眺めると笑みを深めた坂田さんは「但し」と人差し指をこちらへ向けた。


「現金じゃなくて依頼料チャラってことでどうよ」
「何も依頼することないのでとっとと現金で払ってもらえます?」
「いやいやあるだろうよ!よく考えろって、な?話の流れ的にさ?」
「ないです、ないですよ本当に」
「なに照れちゃってんのもうなまえちゃんったら」
「どこが照れてるように見えますかこのアンポンタン」
「ここまで言って分かんねーから婚活も上手くいかねーんだよ行き遅れめ」


自分の額に青筋が浮かぶ感覚を初めて感じた。だいたい同年代なはずなので行き遅れはお互い様である。放っておけ万年金欠甲斐性なし男。


「何が言いたいんですか」
「俺が嫁にもらってやるからツケ代 チャラにしてくんね?」


ガツン、脳にありえない音が響いた。まさに鈍器で頭を殴られたような衝撃が走る。心臓をぎゅっと鷲掴みされたようなおかしな気分だ。


「い、いい加減にしてください」
「え、何が!?人の一世一代のプロポーズをガン無視!?」
「坂田さんのアンポンタン!帰れ泥棒!」
「何も盗んでねーんだけど人聞き悪いこと言うのやめてくんない!?」
「あなたはとんでもないものを盗んだんですよ!」
「は?」
「わ、私の心です!」


叫ぶなり厨房に逃げ込むと数秒後、坂田さんの爆笑する声が聞こえた。浮かれ気分で大盛りの唐揚げ定食を手に戻るとまた坂田さんは腹を抱え笑ってこう言った。


「銀さん なまえちゃんのそういうとこ好きよ」
「ど、泥棒…」


私は意外とこういうどうしようもない男がタイプだったらしい。つい先ほどまで甲斐性なし男だなんて罵っていたくせにたった一言で目の前のくるくるぱーが福山雅治ばりのイケメンに見えてきたので、ついでに私は銭形警部ばりにロマンチストの気もあるようだ。

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