寧日がない


「また子ちゃん また顔に傷作って…」
「ちゃん付けで呼ぶな!馴れ馴れしいんスよ あんた!」
「今は若いから治りが早いだけなんだから気をつけなさいね」
「話し聞いてんスか?あんたの耳はどこに付いてんスか?あん?」
「その格好も、可愛いけど女の子なんだからお腹出してあんまり身体冷やしちゃだめだよ」


だから話しを聞けェェ!と大声で叫んだ彼女に治療が終わったことを告げると、私へ溜め息とお礼の言葉を届けてから部屋を出て行った。こういうところは意外とちゃんとしているのでまた子ちゃんは本当に良い子だなぁと思う。
過激派と呼ばれている彼女たちが怪我をして船に戻ってくるということはつまりそういうことなのだろうけど、実際戦っているところを目にしたことがないのでいまいち自分がここの船医をしているという実感が湧かない要因のひとつだろう。


「…高杉さんに呼ばれてたんだった」


大規模なテロでも起こしてきたんだろうか、途切れなく訪れる怪我人たちの治療に追われ 気がつけば結構な時間が経ってしまっていた。確かまた子ちゃんが来た時に晋助様が呼んでるっス的なことを言っていたはずなのでかなりお待たせしてしまっているかもしれない。こりゃあ下手したら殺される。

というわけで大急ぎで高杉さんの部屋に向かい、襖を思い切り開ける。声を掛けず景気良くスパーン!と音を立てたことは後で謝ろう。慌てていたのだ 許してほしい。


「高杉さん、お待たせしました」


私の声に気付いたのだろう のそりと起き上がりこちらを振り向いた高杉さんの着物は普段も肌蹴ているがその普段以上に肌蹴ており、がっつり腹部まで見えてしまっている。さらによく見るとその傍らには綺麗な女性が乳房を隠すように手で覆ってこちらを伺っているではないか。なんというタイミングでなんという訪問をしてしまったのだろう。
突撃!隣のご飯!なんて誤魔化そうとした言葉を飲み込んでしまうくらい空気は凍てついていた。


「興醒めだ」


私に言ったのか隣の方に言ったのかは分からなかった。
その一言と数枚の札を美女に手渡しているのを見る限りそういうサービスを提供する類の女性だったのかもしれない。いそいそと着替え、入り口で固まっている私の隣を通り抜けて行ってしまわれた。今二人きりにしないで欲しかったし出来ることなら私が退散してどうぞ乳繰り合って欲しかったところである。


「遅ェ 何してやがった」
「仕事、ですが…」
「だろうなァ」
「大きいお仕事でもしてきたんですか、今日は患者が大量発生してましたけど」


そのせいで遅れたので怒らないで下さいねの意を込めてそう問うと 喉の奥でくつくつと笑われただけで言葉は返ってこなかった。
ゆったりと窓辺に移動し 紫煙を蒸しながら外を眺める姿は非常に様になっている。様にはなっているが肌蹴た着物は直す気がないらしく、目のやり場に困ってしまう。いつも胸元がぱっくり開いているだけでも相当な色香を放っているのに、意外と分厚い腹部は更に 更に刺激が強い。が、それと同時にまた子ちゃんに先ほど言ったことも思い出さされる。


「お腹出してあんまり身体冷やしちゃだめですよ」


投げかけられた言葉が予想外だったのか、私の方へ視線をやった高杉さんの片眉だけが吊り上って 完全にハァ?という顔をしていた。
そんな表情、高杉さんのレパートリーの中にあったんですね…。


「流石、お医者様の言うこたァ違うねェ」
「いつも顔色悪いですし、心配してるだけですよ」


あなたが倒れたら私の収入源はどうなってしまうんですか、とは口に出さなかった。というかもはや収入源うんぬんどころの話ではない。
既に私は鬼兵隊の一員として顔が知れてしまっているし 給料があったってなくなってここにいるしかないのだ。いつだったか、買い出しの手伝いでまた子ちゃんと街を歩いた際に写真まで撮られてしまったのだが、あれは確か高杉さんご指名の買出し係だったので今思うと仕組まれていたのだろう。
ああなんて性悪な男の元で働いているのか。
そもそもこの部屋に呼んだのだって高杉さんだったはずだ。なのに私が来ると知っていてあんな行為をしていたのも もしや嫌がらせの一つだった可能性すら捨て切れない。自分がヘッドハンティングしたくせに新人いびりだなんて腹の中どうなってんだ。こんな碌でもない男の部屋に長居するのも癪に触ると無性にむかむかして来たので本題に入ろうと思う。


「ところで、何かご用ですか?」
「ここには慣れたかい」
「はい?」
「ふた月は経っただろ」
「そうですね…」
「そろそろ泣きだす頃かと思ったんだがなァ」


何やら可笑しそうに笑っているが 私からしたらちっとも面白い話ではない。そんな嫌味を言いたかっただけなら気持ち良く腰でも振ってた方が高杉さんも有意義だったのでは。嫌がらせにそんな時間を割かなくていいのに まったく根性がひん曲がっていらっしゃる。


「泣いても喚いてももう手遅れですから」
「元の場所に帰してやるっつったらどうする」
「それこそ勘弁して下さいよ…」


ハァ、と溜め息混じりに言うとちょいちょいと手招きされる。早く切り上げてとっとと自室に戻ってやろうと思っていた為 未だ入り口付近にいた私がご不満だったのだろうか。
仕方ないなと近づくと軽く後頭部をこちらに向けられる。これは何も頭を撫でろなんて可愛い仕草をしているわけではなくて、包帯を取り替えろということだ。すっかり慣れたこの無言の命令従う為 そっと手を伸ばした。


「冗談だ。これを替える奴はいてもらわねェと困る」
「そうですか」


本当は自分で巻けるくせに そんな無粋な言葉は仕舞っておいて、特別な手入れなどしていないとは思えないさらさらの髪に触れ包帯を解いていく。
もう光を感じていないであろう片目を見てじくりと胸が痛むのは医者としての良心か同情か、この傷は中々見慣れないものである。


「私もっと凄いことやらされるんだと思ってました」


なんとなく手を動かしながら思う。こんなのんびりと包帯を替えたりだとか怪我人に消毒液をぶっかけたりだとか、簡単な仕事しかしていなくて良いのかと。
わざわざ組織の頭が出向いてまで連れて来られたというのにぶっちゃけ拍子抜けも拍子抜けだった。


「一応外科医ですし、臓器売買とか手伝わされるのかなって」
「それも悪かねェが」
「いや、やりたいわけじゃないので気にしないで下さい。ただ、なんで私だったのだろうかと」
「先生には先生にしかできねェことがあるだろう?」
「もしかして包帯替えることとか言いませんよね」
「さァな」
「これでも医療雑誌の江戸の腕利き外科医トップ五十に選抜されたっていうのに…華々しい経歴がその笑みで砕かれましたよもう…」


高杉さんがわざわざ私を先生と呼ぶ時はだいたい小馬鹿にされると相場が決まっているのだ。しかし腕や経歴を鼻で笑われても実際、人の身体にメスを入れていた頃より 今の方がお賃金は良い。よって文句は言うまいよ。
終わりましたよと伝えると、ああ と外に目をやりながら言われたので立ち上がり出口へ向かった。長居したって弄り回されるだけで良いことはないから 決まってすぐ船医室に戻ることにしている。


「それじゃ また何かあれば呼んでください」


相変わらず自分の興味があることにしか反応はしないらしいが、ふう と紫煙を吐き出したのが返事だと思うことして高杉さんの部屋を後にした。
本当にこんな簡単な仕事で大金をいただいてもいいのかと先月の給料を思い出してみるが、そもそも友人とショッピングに行くだとか 職場の飲み会に参加するだとか そういったことがもう出来ない状況なので金はあれども使い道がないことには気づき始めていた。
こりゃネットショッピングで可愛い着物でも買うしかないのかな。そうだまた子ちゃんはどうしているんだろう。女の子だしやっぱりそういったものにお金を掛けているのか、ガールズトークをしに行こうと二人分のお茶を手にする。

ずいぶん鬼兵隊にも馴染んできてしまったものだとまた子ちゃんの自室の襖を呼び掛けもせず勢い良く開きながら思った。

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