無聊をかこつ


昔から漫画でも映画でも、好きになるのは悪役のキャラクターばっかりだった。触覚が生えたバイ菌然り、赤い彗星の仮面男然り、女というものは 頭に餡子の詰まったヒーローよりも 少し悪いくらいの方が好きなのだ。

とは言ったものの、悪さにも限度があり 上記に挙げたものを振り返れば分かると思うが、キャラクター性に惹かれただけであって何も悪い男じゃなきゃ抱かれたくないわ!なんてことはない。だからこの心臓の高鳴りはときめいているのではなく命の危機を感じているからだ。現に私はどちらかと言うと正義の味方とも取れる仕事をしているからこんな目に合っているわけで。


「結論は出たかい、みょうじ先生」
「そんな、三秒待っていただいたくらいじゃ出るわけないでしょう」
「簡単な話だろう。今ここで死ぬか俺と来るか、それだけだ」
「ずいぶんな口説き文句だことで…」
「そうさなァ、それが分かってんなら良い女は男の面ァ立てて黙って付いてくるもんなんじゃねェか?」
「お生憎、私は良い女ではないので」


言葉を交わす度に場の空気がピリついてきているのが分かった。目の前の悪役こと高杉晋助は遂に刀の柄に手をかけている。あれ、本当に死ぬのか私。いやいやこういう時ってなんだかんだ正義が勝つものじゃなかったか。もしくは私がヒロインだとしたらヒーローが助けに来てくれるとかさ。もう餡子詰まっててもいいよ 文句言わないから助けてよ。


「ほう。そりゃあ残念だな 物分かりの良い女だと思ってたが…どうやらそうでもねェらしい」
「ま、待って!」


遂に抜刀されガチャリと嫌な音を立てて揺れた目の前の凶器に震える喉から必死に声を絞り出す。いくら暗い路地裏だと言っても少し張り上げた声に誰か気づいてくれまいかと そんな淡い期待も込められての行動だった。退勤後 医院の裏口から出てすぐ 突如現れた腕に連れ込まれた為、他の医者が出てくるかもしれないし。なんならいつもの嫌味な婦長さんでもいい 今はとにかくこの状況を打破したかった。


「…別にいいんだぜ 俺はアンタをここで斬り捨てて行ってもな」
「あの、日を改めて他の先生を勧誘するというのは如何でしょう。内科の飯田先生なんてとても医者とは思えないくらい性格が捻じ曲がっ…ヒィッ」


ニコリ、いやそんな可愛らしい表現では到底相応しくないような怪しい顔でニヤリと笑った男は言葉通り躊躇なく刀の切っ先を私の首へと宛てがった。刀の扱いが下手なお茶目さんなのか それとも態となのか、たぶん後者だが小さく痛んだ喉元から細く血が滴る。痛い。あとで絆創膏貼っておかないと。

実際に目の前にそんなギラついた物を出され、挙げ句 血まで流されてしまったらもう人に助けを期待するなんて無駄なことなのだと悟った。


「そろそろ遊びは終いにしようぜ 先生」
「つかぬ事をお伺いしますが、死にたくない場合は 」
「俺と来い」
「…三食デザート付きで お願いします」


先ほどとは打って変わって愉快そうに くくく と喉を鳴らして笑い、無事刀を鞘に収めてくれたところを見るに 命の危機は逃れたようだ。あんな物騒な物で斬りつけられた時には絆創膏貼るくらいじゃどうにもならないから 我ながら懸命な判断だったに違いない たぶん。

かくして、中小医院のしがない外科医だった私は 後に鬼兵隊の一員、つまり過激派攘夷浪士として指名手配されることになるのだった。幼かった頃の私はこんなことを想像していただろうか。まさかあんなに純粋な目で追い掛けていた悪役に自らがなろうなんて。
今思い直しても不憫極まりない話だ。私の代わりにあそこにいなかった飯田先生にはいつか報復という名の八つ当たりをしなければ気が済まない。それからやっぱり脳みそ餡子まみれのヒーローよりもバイ菌を応援し続けることを心に誓った。

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