脳内ポイズン


おいおい高杉さんよぉ、ずいぶん堂々と私の席に座ってんじゃないすごく邪魔だから今すぐ退いてくれないかなテメーそこによだれ垂らしたらしばくからな新品の雑巾で綺麗に拭かせるからな分かってんのかおい。


朝登校して早々に教室に入るとなぜか私の席が占領されていた。犯人は最近席替えで最前列のど真ん中を引いてしまったくじ運の悪い高杉だ。あることが原因で今朝は虫の居所が悪い私は朝から長々と不満を垂らすも、机に突っ伏した高杉は微動だにしない。なんだこいつバカにしてんのか。


「おい高杉」


イライラが度を越しそうである。眼帯引きちぎるぞこの万年ものもらい野郎。椅子を蹴っても肩を揺らしても起きる気配がないどころか返事すらしないんだけど。


「無理やり肩を引っ掴み高杉の身体を起こしても目を開けない。まさかと思ったが首元に手を当て脈を測ってみると微動だにしていなかった。嘘だ、こんなの…嘘だ…!一体高杉はどうなってしまうの!? 次回、高杉死す!お楽しみに!」

「勝手に殺してんじゃねーよ」

「いやそこは死んどけよ」


このまま死んでたらいいのにな、なんて淡い期待を込めてとりあえず一旦後ろの沖田の席に腰掛けて次回予告をしてやるとのそりと身体を起こした高杉にギロリ、睨まれた。いやいや睨みたいのはこっちだよいいから退けよと返すも「朝からうるせェブス」の一言により火に油を注がれる。


「くじ運の悪い高杉くんは早く自分の席に帰ってくれないかな?ん?」

「あ?」

「そんな目で睨まれても怖くないし!片目だから威力半減だわバーカバーカ!」

「ガキかよ。冗談はまな板だけにしろ」

「んだコラまな板ってそれ私の美乳のこと言ってんだったらマジで殺すぞ糞杉」

「ハッ、やってみろや」


寝起きだというのに鋭い眼光とよく回る減らず口で喧嘩を吹っかけてきたので後ろから椅子を蹴り上げてやると額に青筋が浮かんだ。

と、まあここまではだいたいいつも通りの流れ。もはや毎朝の恒例行事と言っても過言ではないだろう。しかし目の前の眼帯男は突如勝ち誇った顔で口角を上げこちらに手を差し出してきたのだ。


「は?何その手」

「もう忘れたのかよ鳥頭。鍵寄越せ」

「…あぁ、鍵ね」


鍵、とは高杉の家の鍵のことであって何故私がそれを今こいつに返さなければいけない状況にあるのかと言うと虫の居所が悪い理由に繋がるのだけど。ああ思い出したくもない。屈辱アンド屈辱アンド屈辱。高杉の顔を見るたびにこれから毎日昨晩の出来事を思い出されると思うと今すぐ消えてなくなりたいくらいだ。なんだよニヤニヤすんなこっち見んな。


「こうやって見るとまな板の癖に、お前着痩せすんだな」

「死ね」


じろじろと人様の身体を舐め回すように見やがった高杉は朝っぱらの教室でとんでもない発言をした。そう昨晩私たちはうっかり一線を踏み越えたのだ。スマブラの最新作を買ったと聞いて高杉の家に泊りがけで闘いを挑みに行ったはずだったのだが気づいたら朝方全裸で隣に寝ていた。拭いきれないやっちまった感に耐えられず仲良く一緒に登校なんてする気にもならなくて、鍵を預かり一足先に学校へ行ってもらったわけである。

気づいたら、なんて言い方するとアレだけどまぁ流れはあった。別に高杉のことは嫌いじゃなかったしむしろ好意を抱いていたのは紛れもない事実だったけど、付き合ってるわけでもないのにこんな関係になるのってなんだか不潔な気がして今朝からイライラが止まらない。これは遊び慣れている高杉にも、そんな奴にうっかり流されてしまった私に対しても向けられている怒りだ。


「マジで許せない死ね高杉」

「善がってた癖によく言うじゃねェか」


だからニヤニヤすんなって。遂には椅子ごと後ろに向けてしっかり私と向き合って言ってきた言葉はさすがというべきか下衆さを極めている。ああもう早く自分の席戻ってくれないかな、気持ちを整理する時間をくれなんて思いながらため息を吐くとやっと察してくれたのかおもむろに立ち上がる高杉。そろそろチャイムも鳴るしそのまま席に帰ると思っていた足は動くことなく、上体を私に近づけて耳元で囁かれる形になってしまう。


「今日も来んだろ?」

「……爛れてる、こんなの爛れてる」


耳の奥に響いた低音を心地良いと思ってしまった辺りもう終わってる。そして今の高杉のニュアンスだとスマブラ対戦のあと待ち受けているであろう行為を断れないことが目に浮かんで殆嫌気が差した。


「高杉って本当私のこと好きだね」

「そりゃお前の方だろ?」


何が嫌かって私が高杉を好きなことと、それ故に断れないことを分かってて誘ってくるこいつがだよね。いやもはやこんな碌でもない男に惹かれる碌でもない私の脳みそが全て悪いのかもしれない。

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