気付けない
山崎退、これでもいい歳した公務員のおっさんである。
「またこんな時間に外出て。危ないって何回言えば分かるのさ」
「げっ、山崎」
「俺一応君より一回り以上年上なんだけど」
自分よりも干支が一周する以上に若い女の子に山崎呼ばわりされる俺には果たして尊厳、威厳その他もろもろは備わっているのだろうか。少なくとも目の前の少女は俺のことを年上だと思っていないとは思う。
「で、今日は何してるの?」
「さんぽ」
「もっと昼間の健全な時間帯に散歩しなよ」
「うるさいお節介おじさんめ」
「おじさん言うな」
「現実から目を背けない方がいいよ」
「君は本当に俺を小馬鹿にするのが上手だね?」
「それほどでも」
「褒めてねーよ!」
深夜二時の人っ子ひとりいない公園はとても静かだ。俺ら以外の声はしない。少ない街灯に照らされながらブランコに揺られるこの子は深夜徘徊の常連である。こんな時間にひとりでこんなところにいるなんて危険極まりないのでやめなさいと何度も注意をしているけどなかなかどうして言うことを聞いてくれない。
確か最初に見つけたのはふらりとコンビニ帰りにこの辺を通った時だったか。時間も確かこれくらいだった。ふらふらと目的も無さそうに歩く女の子を見つけて声をかけるとびくりと大袈裟なほど肩を跳ね上げていたことは記憶に新しい。それからと言うもの週三ペースで公園でこの子を見かけるようになったのだ。
「もう家帰りなよ、送ってくから」
「はいはーい」
「はいは一回」
「はーあーいー」
相変わらずの気のない返事をどうも。毎回こうして家まで送って行くことを申し出るけど断られたことは一度もない。つまるところやっぱりこの深夜徘徊には元からなんの目的もなかったということ。こんな暗い夜道をひとりでぼーっと歩いて何が楽しいというのか。
「山崎ってさ」
「山崎さんね」
「なんでいっつも夜しかいないの」
「そりゃ昼間は仕事してるからかな」
「じゃあ今は仕事じゃないの?」
「仕事だけど仕事じゃないっていうか。また君がうろついてるんじゃないかと思うと気になって眠れないんだよ」
「ふうん」
ため息混じりに隣を歩く横顔を見ると何やら満足気な顔をしている。何が嬉しいのか分からないけどご機嫌ななめよりはましか、と気にしないことにした。
「私こわいの嫌いなんだよね」
「え?あ、うん。唐突だね」
「夜道、嫌いなの」
「じゃあなんでこんな時間に出歩くの?…もしかしてマゾ、」
「違うから」
頬を膨らませて横目で睨みつけられる。何が言いたいのさ君は。
「だから昼間探してよ」
「何を?」
「わたしを」
「昼間の散歩は止める必要ないけど…」
そう返すと今度はバカじゃねーの、みたいな蔑んだ目を向けられる。なんで昼間に君を探さなきゃいけないの?と改めて問うと耳まで真っ赤にしたまま
「昼間会いたいって言ってんのバカ山崎!」
とわりと大きめの声で返される。ご近所迷惑!と言うよりも早く気付けば近くまで来ていたらしい見慣れたの家の扉に一目散に走り逃げられた。また呼び捨てにされたんだけどそんなことよりあの子もしかして今とんでもないこと言い逃げしてったんじゃないか?
「えええ…期待していいのかこれは…」
山崎退、一回り以上年下の女の子に期待させられ胸踊る、これでもいい歳した公務員のおっさんである。