春よ来い
「先生、胸が痛いんでさァ」
「唾でもつけときなさい」
「先生がつけてくだせェ」
「どんなプレイよ」
このクソガキは毎日毎日性懲りも無く保健室に来る。本当に怪我や体調不良であるならこんな言い方はしないし手厚く看病してやるところだけど、たったの一度だってこの生徒が正当な理由でここに来たことはないのだ。
「ちぇ、ケチくせーの」
「あんたそんなにサボってていいわけ?」
「体調不良の生徒にサボりたァ、酷ェ言いようだなぁ」
「仮病でしょうが」
「胸が痛いんでさァ」
「さっき聞いたよ。病院行けば?」
「こりゃ先生にしか治せない病気なんで」
「無理無理、私に何も期待しないで。何もしてあげられないから病院行って精密検査しておいで」
まだ肌寒くはあるけれどもう少しで春が来る。暖冬だなんて言われているけど所詮冬は冬だし今年も普通に寒かったわけだけど、まぁそんな冷えに冷え切った季節も過ぎて、あと数日で銀魂高校の卒業式が行われるという時期だ。どこか寂しげな雰囲気が漂う校舎内で、相も変わらず沖田は保健医の私を暇つぶしの玩具のように使う。
暇つぶしの玩具っていうかもう沖田専用コーヒーマシーンみたいになってるけれど。
「コーヒー飲んだら戻りなさいよ」
「嫌って言ったら?」
「…ハァ、好きにしなさい」
「先生を?」
「どういう意味だ。あんたが居たいならどーぞって言ってんの。ベッド空いてるわよ」
「俺ァ先生と話しに来たってのに」
「私そんな暇じゃないの」
暇そうじゃねェか、なんて生意気なことを言われたって今更こんなことでは動じない。お子様の戯言に一々反応なんてしてやらないのだ。ああなんて大人なの私。
「先生」
「…っひ」
無視して苦いコーヒーを飲みながら書類に目を通しているとしつこくも後ろから声がかかる。しかし問題なのはその声が存外近くから聞こえたことで、耳の後ろに沖田のものらしき息が掛かったことで情けない小さな悲鳴が出てしまった。
「ちょ、っと…びっくりするでしょうが」
「ねェ先生」
「バカ、離れなさいったら」
「なまえ」
どこで私の名前を知ったんだろう。坂田先生にでも聞いたのか。あぁそういえばずっと前に沖田に聞かれて普通に答えたんだっけ?普段は先生としか呼ばれない為違和感、というか耳元から聞こえる低く掠れた声に不覚にもドキッとしてしまった。
「沖田、先生怒るよ」
「嫌なんですかィ」
「何が」
「俺が近くにいるのが」
「嫌とかそういう話じゃないでしょう」
一向に真後ろから離れようとしない沖田に、流石にこんなところを他の生徒や教師に見られてしまっては困ると思い、振り返って眉を吊り上げて言うと待ってましたとばかりに肩を引き寄せられあっという間に腕の中に閉じ込められた。座っている私を沖田は立ったままぎゅう、と大切なものを誰にも取られないようにする子供みたいに力を込める。
わあなんか良い匂いするな、なんて思ってる場合ではない。
「こらクソガキ、離さないと、」
「誰かに見られる?」
「そうよ、見られたら困るのは先生なんだけど」
「鍵、閉めときやした」
「…勝手に何してんのよ」
「こうでもしないと相手してくれねェでしょう?」
「あんたねぇ…」
ふぅ、と沖田の腕の中でため息を吐くとびくりと不安気に肩が揺れた気がした。嫌われるのを怖がるくらいなら、こんな強行突破みたいな手段使わなければいいのに、最近のガキは本当にませている。
「俺、卒業するの嫌なんでィ」
「留年するの?」
「…しねェけど」
「毎日仮病で保健室来られちゃ私も忙しくて困るんだから、ちゃんと卒業してよね」
「先生は寂しくねーの」
「別に?無事卒業できるって喜ばしいことよ」
「そういう意味じゃねェや…」
頭上から聞こえる拗ねたような声色に、今沖田がどんな顔をしているのか容易に想像できてしまって思わず笑みが零れる。可愛いやつめ。
そっと背中に手を回して抱き締め返してから沖田の顔を見上げると、酷く幸せそうな顔で微笑まれて、柄にもなく背中がむず痒くなる。
「まだ保健室、来足りないわけ?」
「全然、卒業してからも通ってやらァ」
「でも学校じゃこういうことできないのよ。卒業しないと」
「…外で会ってくれんですかィ」
「何、卒業生みんなにこんなことすると思ってんの?」
「思ってねェ、けど」
まだ何か腑に落ちないと言いたそうな沖田から一度離れて私も立ち上がると、綺麗な形をした唇に小さくキスをした。一瞬驚いたように目を見開いたけど、すぐに私の後頭部に手を回して何度も何度も行為を確かめるように啄ばまれる。名残惜しそうにゆっくり離れていく整った顔に愛しさが込み上げてきた。
「沖田、卒業おめでとう」