理由なんて
「なまえってさ、なんであんなヤツと付き合ってんの」
昼休み、見たことのない女子と腕を絡めて歩く銀時を見て問われたことだ。よくよく女の子の制服を見てみると他校生らしく、校門の前で物足りなそうな顔で別れ際のキスをしていた。
「んー、分かんない」
友達の心底呆れた目も気にせずメロンパンを頬張っているとふと視線をこちらに向けた銀時と目が合って、ヒラリと手を振られたのでこちらも適当に返しておく。
「いや、他の女と校門でエッロいキスしたあとによく手振れるな坂田。頭湧いてんの?あいつ」
「湧いてると思うよ」
「思うよじゃなくてなまえは嫌じゃないの」
「んー、分かんない」
「ちょっとあんたそればっかだけど話聞いてる?」
虫の居所が悪いらしくいつもの光景なのにどうにも食い下がってくるなぁと思いながらもう一度「分かんなーい」とふざけたように言うと次の授業で使うらしい英和辞典で頭を叩かれた。辞書で人殴ったら死ぬからね、と恨めしげに言うとあんたが悪いと逆ギレされた。
「げ」
私の頭上、というか後方を見てこれでもかと言うほど顔を歪めた友達になんだ、と後ろを振り返るとそこには先ほど話題に上っていたふわふわの銀髪が。
「オハヨー、銀時」
「おはよ」
「何がおはようだ。もう昼だっつーの頭ん中までくるくるパーなのか坂田くんはよォ」
「ごめんね今日この子虫の居所悪いみたい」
「あ、そーなの」
牙むき出しで今にも噛み付かんとする友達にはさして興味も無さそうに銀時は私の隣の席に座ると、早速肩肘をついてケータイを弄り出した。そのままの体勢でこちらを見ることもなく「なァ」と声をかけられ返事をするとやっとキョロリと動いた真っ赤な目に射抜かれる。
「準備室行かね?」
「ん。いーよ」
準備室というのは国語準備室のことであり、銀時がどこかからくすねてきたらしい合鍵を使って入る人の来ない物置のような教室のことだ。まぁ、要は絶好のサボり場所。
友達の呆れから出たであろうため息を背に、ぞろぞろと教室に戻っていく生徒たちの中を逆走して二人で歩いた。もちろん途中銀時は何人もの女子に声を掛けられていたけど一々気にするのも面倒なのでケータイゲームをやりながら後ろをついて行く。
「今日は何するの?」
「俺寝よっかな」
「あ、そ」
準備室の前まで来た時にちょうどチャイムが鳴った。なのでもちろん周りに生徒も教師もいない。ガチャ、と開けた扉の奥からは埃やインクなどの臭いが漂ってきた。良い匂いとは言えないけど、私はこの臭いが好きだ。銀時と二人の時しか来ない場所なのでそのせいかもしれない。
「ここの臭い、良いよね」
「は?どこが。くっせーよ」
「臭いんだけど、なんか銀時のこと思い出す」
「俺が臭ェって言ってるそれ?」
「銀時の足よりはマシな臭いかな」
「追い出しますよーなまえちゃん」
こめかみをピクピクと引き攣らせてこちらに寄ってくる銀時にごめんごめんと軽く謝ると、真ん中にあるソファにどっかりと腰を下ろし手招きされる。なんだ、許してくれないのかと近寄ると腕を引かれ右足の上に座らされてしまった。
「…重いよ」
「全然ヘーキ。ちゃんと食ってんの?」
「さっきパン食べたばっか」
「あーさっき」
「そ、友達曰くエッロいキスをしてた時」
「…見てた?」
「見てたけど」
見ててもいつものことだし今更如何の斯うの言うつもりはない。それを分かっているのかいないのか、ふーんと聞いてきたくせにどこか他人事のような相槌が返ってきた。
「下りていい?」
「ダメ」
「何、どうしたの」
なんだかいつものさっぱりした感じとは違って今日はやけに甘えてくる。後ろからお腹の辺りに回された手はぎゅう、としっかり握られていてこれは逃げられそうにない。表情が見えないので余計に何を考えているのか分からない。
「あーいうの、いいワケ?」
「あーいうのってどれよ」
「他の女といるの」
「別に、今更でしょ?ていうかなんでそんなこと聞くの、やっぱ変だよ今日」
熱でもあるの?と腰を捻り振り返っておでこに手を当ててみるけどちっとも熱くはなかった。
「あのさァ」
「なに」
「今日何の日か知ってる?」
「…知らない」
「お前嘘つく時前髪触るよな」
愉快そうに細められた目と、弧を描く薄い唇にどきりと胸が跳ねる。今日が何の日かなんて、もちろん分かってる。
「俺、誕生日なんですけど」
普通一番におめでとう、って言ってくれない?と拗ねたように言う銀時の様子からして、校門でのことは電話もメールもしなかった私への当てつけだったのだろうか。
と良い方に考えてみたけど別段今日の銀時が特別浮気性なわけではなくていつも銀時は浮気性なので違うと思う。拗ねているのは合ってるだろうけど。
「どうせ他の子に祝ってもらってるでしょ?」
「お前に祝ってもらえないと意味ないじゃん」
「一緒だよ」
「一緒じゃない」
「駄々っ子ですか」
「駄々っ子でもいいです」
毎年の如く他の子に祝ってもらえるのはもちろんなのでわざわざ何かしてあげる必要もないかな、なんてなんとなく今年はサボってしまった。しかもここまで渋っておいて今更、おめでとうという一言ですらも言うことを躊躇してしまう。
「ほんと可愛げねーな」
「じゃあ可愛げある子のところ行っといで」
「可愛げねーお前がいいの」
「どっちだよ」
銀時の膝の上に乗せられながらも緩い攻防戦が続く。誕生日だからって甘えたいモードですか。がきんちょめ。
「分かった分かった。あとでケーキ買ってきてあげるよ」
「いらん」
「え…どうしたの、熱でもある?」
「いや、そのくだりさっきやったから」
じゃあなにがお気に召さないというのだ。毎年私が用意しているのはコンビニのショートケーキだったし、プレゼントだってこれから乾燥するからリップ、とかそういう軽い物しか渡していなかったのに。
「なに?プレゼント?」
「ちっげーよバカ」
「じゃあなに」
本当に分からないと言うと口を尖がらせて「だからおめでとうは」と返された。なんだ、それだけか。
「銀時」
「ん」
「生まれてきてくれてありがとう。大好き。お誕生日おめでとう」
突き出されている唇にちゅ、と軽く自分のものを重ねると途端に銀時の眉尻が下がって困ったような顔で乱暴に髪をかき混ぜられる。
「うわっ、ぼさぼさになる!」
「もー…まじで、さ…」
「なによ」
「…俺お前のそういうとこすげー好きだわ」
「ありがとう」
いつも他の女の子とはなんでもないみたいに腕を組んだり深いキスをしたりしている癖に、こうやって私のときはたったこれだけのことでも必ず眉尻を下げて恥ずかしそうな顔をするところとか、私だって銀時のそういうところがすごく好きだ。
きっと私以外の誰にも見せないであろうこの表情を独り占めできること、それだけで十分付き合っている理由になるでしょ?