私もう銀魂高校に二度と来れないんじゃないか、とついさっきのことを思い出し一人笑いが込み上げてきた。土方さんに声をかけた水場でオバケみたいな顔をゴシゴシと洗って落とそうとするけどメイク落としも何もなしだとどうにも中々落ちない。じわりじわりと溢れ出てくる涙の理由がよく分からなかった。何度も何度も擦った顔が痛いから?大勢の前で恥をかいたから?否それよりも何よりも、総悟くんに拒絶されたことに胸が締め付けられるように痛むんだ。
「邪魔しといて一人で泣いて確かに私、馬鹿みたい」
「…いや本当馬鹿だろ、寒いのに何してんの」
どれくらい時間が経ったのだろう、グスグスと鼻をすする音だけが虚しくてつい独り言が漏れたが、返ってくると思っていなかった返事が返ってきて何故か会話が成立している。デジャヴを感じて下を向いていた顔を上げると煙草を咥えた白髪が目に入った。
「…学校で煙草吸っていいんですか」
「他校で一人虚しく泣いてる女子生徒を心配してやってる優しーい先生には煙草も許可されんだよ」
「虚しくないです、放っといて下さい…」
「分かった分かった俺が悪かったからその泣くの我慢する顔やめて!?」
虚しいと言われたことにまた涙が出そうになって、下唇を噛みグッと堪えていると焦ったように先生が言った。何しに来たんですかと問えばたまたま通りかかってとかなんとか返されたけれど、タオルとメイク落としを手渡されたところを見るとわざわざ来てくれたことは丸わかりだ。
「誰に笑い話、聞いたんですか」
「別に笑い話なんざ聞いちゃいねーよ。自分んとこのバカ生徒が取っ組み合いしてたもんだからこれ以上面倒事増やすなっつってきただけだ」
「取っ組み合い…?」
何故それが私の話に繋がるのかはよく分からなかったがとにかく先生の持ってきた差し入れ(と言っていいのか)は今は有難かったので黙っておいた。
「ま、なんだ。お前んとこのお隣さんは随分不器用みてーだけど、あいつも色々思うことがあるらしいからちょっとずつでもちゃんと目見て話し聞いてやってくれや」
「総悟くんの話しを聞く、って私が邪魔したんだから悪いのは私なんです。目を見て謝らせて欲しいのは私の方で…」
「だあああ!なんなのお前ら本当これ以上俺にそんな甘酸っぱーい春を見せつけてどうしてーんだよ過去の色々を思い出させて切なさで殺す気か!」
「ちょっと言ってる意味が全然わからないです」
「お前も沖田もバカだっつってんの!バカだお前ら!」
「先生の方がバカっぽい頭してます」
「そんな人様の傷口広げる元気あんならとっとと帰って飯でも作って待っときなさいもう」
何故私が毎回夕飯を作っていることを知っているんだろう。土方さんから聞いたのかななんてボーッとする頭で思ったが、別にそれを誰かに知られたって困ることはないので素直にそうしますと返し、帰ろうとした。のだけどまだ後ろから先生が付いてくる。
「森のくまさん…」
「なにが!?」
「帰りなさいって言ったのにまだ後ろからついてくるので」
「お嬢さん、くまさんがお家まで乗せてってやろうか」
「先生、ちょっとクサいですよそれ」
いつになく気取ったふうに言った先生があまりにおかしかったので思わずふふ、と声に出して笑ってしまう。それを見て先生もうるせーよと頭をわしわし撫でてきて、少し気持ちが落ち着いた。
ただ、その大きな手に思い出したことは今朝の総悟くんのこと。あの時は男の子に撫でられたことなんてないからドキドキしたのだと思っていたけど、先生には同じそれを感じなかったと気づいてしまった。
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