せっかく総悟くんにお箸を忘れたことを悟られないようにそっと「水色のお弁当箱に乗せておいて下さい」と土方さんにお願いし、さて私は何食わぬ顔で帰ろうとしていた矢先に悪魔の声が。
「お、お疲れさま、です」
「おうおうわざわざ応援にでも来てくれたわけか」
「そうそうそうそう!頑張ってるかなって応援にね、うん」
「こんな練習試合で張り切りすぎた母ちゃんみてーなことお前がするわけねぇだろィ」
なあ?とニッコリ微笑む総悟くんに、こんなに暑い室内で冷や汗がダラダラと湧いてくる。本日三度目の母ちゃん呼ばわりに突っ込む余裕もないわけだけど、これはどうやって逃げ切ろうかと必死に頭を巡らせる。
「わー大変だこりゃすげぇ汗だ大丈夫かなまえー」
棒読みで言いながらこちらに近づき首にかけていたタオルで顔面をゴシゴシと擦られた段階で、逃げ切ることは無理だと悟った。それにしてもなんかこのタオルびしゃびしゃだしやたらと臭いめちゃくちゃ汗臭い!
「やっべこれさっき近藤さんが使ってたやつだ」
「わざとだよね!?すごい臭い!」
「あれ、総悟俺のタオル知らないか?」
「すいません近藤さん、たった今このブスに取られやした」
「こら女の子にブスとか言っちゃダメだろ!それに俺のタオルでいいなら全然使って…ギャーオバケ!!」
総悟くんが近藤さんと呼んだゴリラっぽい人(臭いタオルの持ち主らしい)がブス発言を注意したと思ったら私を見るや否やオバケと叫んで泡を吹いて倒れてしまった。そこまで酷い顔をしていた自覚はなかった為少し泣きそうだ。
「あーあ。どうしてくれんでィ、うちの主将を」
「私が悪いの!?」
「あんな顔面でアホ面晒してっから」
とっととそのブサイクな面ァ洗って来いと今度は綺麗なタオルを投げられ受け取ったのだけど洗ったところで顔面が変わるとは思えないので不思議そうに理由を問うと、度々目にする総悟くんの本当に不機嫌な時の顔をされた。
「化粧」
「え、あっ」
あれ、そういえば今まで総悟くんの前で一度だって化粧なんてしたことはあっただろうか。見慣れない顔に総悟くんは嫌悪感を示したのだととりあえず納得したところでそういえばと思い出す。なるほど、先ほどゴシゴシと擦られたせいで化粧が落ちて今まさにギャーオバケ!のような顔になっているに違いない。
「えーっと、なんかごめんね。化粧失敗してた?」
「馬鹿だろ、お前」
「え?」
へらりと笑って謝罪すると、ただでさえ不機嫌そうな総悟くんの顔がさらに歪んでいくのが分かった。
「…ブッサイクな面で人の試合中に野郎なんかとヘラヘラ話されてっと気が散るっつってんだ」
迷惑、と一言残して部活に戻る総悟くんに何も言えなくて、いつも投げかけられている冗談っぽいトーンではなく目も合わせず言われた言葉にただただ呆然とした。次第にクスクスと女の子たちの笑い声が聞こえてくる。勝手に入ってきて勝手に騒いでドロドロの化粧で剣道場のど真ん中、みんなの前で部活の邪魔だと言い捨てられた私はそれはそれは面白い光景だったのだろう。
「お、お邪魔しました…」
こんなことになってまでここに居続けるほど精神的に強いわけもなくて、やっとのことで絞り出した声に「本当にね」と誰かにふざけるような大声で返された気がしたが聞こえないふりをして、文字通り逃げ出すようにその場を後にした。
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