「よっし!こんなとこかな!」


改めて大量の洗濯物と格闘し、やっとの思いで家事を終わらせれば時計はもうお昼過ぎを指していた。よく働いた(と思う)しちょうどおやつ時なのでおばちゃんのところで団子でも食べよう!と思い立ち家を出た。


「あら、今日は遅かったねぇ」

「おばちゃん…昨日ちょっと色々あってね」

「昨日ってことはあのお侍さんと何かあったのかい?」

「え?お侍さんって?」

「土産を渡したんじゃなかったのかい?あんたからもらったここの団子が美味かったからってついさっき来てくれてたんさ」


昨日、確かに団子を1本土産に持って帰ったことは覚えているのだが、それを誰かにあげた記憶も無ければ自分で食べた覚えもないのだ。やっぱり意識を失ったあの後何かあったに違いない。


「そういえばあんたの言ってた例の人に似てた気もするねぇ。まあ団子も気に入ってた様子だし、今度は2人で来んさいな」

「あ、う、うん。そのうちね…」


その人の特徴はとか名前はとかどんな人だったとか、色々気になることはたくさんあったけど、なんだかこれ以上は聞いてはいけない気がして、話を逸らした。
今日は大人しくお団子をお土産に買って帰ろうとおばちゃんに軽く謝り、お勘定の為に財布を開くとふと小さな紙が目に止まる。


「…おばちゃん、お団子追加で」

「ん?良いけど、あんたそんなに食べきれるのかい?」

「えっと、ちょっとこの後行くところがあって…」


自分でもどうしたものかと困ったように笑うとおばちゃんがそれ以上突っ込んでくるようなことはなくて、そうかい、と優しく微笑んでいつもより少しずっしりとした包みを渡してくれた。


「(まあ、渡せなかったら明日バイト先にでも持って行って、みんなにお裾分けすればいっか)」


そう思えば幾分か気持ちが軽くなった。
きっと昨日何かの事故で倒れてしまった私をどこかの優しい人が助けて、家まで送り届けてくれたのだ。私が持っていたお団子を食べたということだったけど、自分用のたった1本では助けてくれた恩人さんには申し訳ないと思い、どれくらいご家族がいるのかもわからなかったのでたくさん買い込んで、準備は万端だ。


「万事屋銀ちゃん、かあ」


真っ白な名刺に書かれた住所を確認し、ぐっと足に力を入れて踏み出した。


ピンポーン


万屋事銀ちゃん、とでかでか書かれた看板を見上げて数分。意を決して階段を上りインターホンを鳴らすと、はーい!と中から少し高めの男性の声が聞こえた。


「はい、どちら様で……」

「あ、万屋事銀ちゃん、てここで合ってます、よね?」

「ああああ!」


爽やかな笑顔で迎えてくれたメガネの少年は、私の顔を見た瞬間耳がキン、とするレベルの大声を上げて一目散に中へ入って行ったかと思うと、ものすごい形相でオレンジ色の頭をした少女の首根っこを掴み引きずって戻ってきた。


「すいまっせんでしたアアア!」

「グボァッ!」


かと思えば玄関先で土下座をし、少女の頭を床にガンガン打ち付けてまた耳をつんざくような声で叫んだのだ。


「ちょ、ままま待ってください死んじゃう!死んじゃうよその子死んじゃう!」

「すいません本当土下座ならいくらでもしますんで慰謝料だけは勘弁してください本当すいまっせんでした!!」

「あ、いや、なんで謝ってるのか分からないんですけどとりあえず落ち着きましょう?ね?」


このままでは殺人現場の重要参考人、はたまた共犯者として警察に連行されそうな勢いだったので真っ青になりながら少年の肩を掴むとすごく困った顔をされたのだが…ぶっちゃけ今困ってるのはこっちだ。


「あの…私が言うのも何なんですけど、中で話しません…?今日はお礼がしたくて来たんですけど、お茶菓子も持ってきたので」


と言うや否や、さっきまで完全に床で伸びきっていた少女がとてつもない早さで飛び起き「菓子アルか!?」と目をキラキラと輝かせてきた。生きててよかった…と思うと同時にアルってなんだろうとまたもや新たな疑問が出てきたのだがまぁそれは後で聞くことにしよう。


「そうだったんですね…」

「まさか何も覚えてないとは思いませんでした…相当な衝撃でしたもんね…」

「はは、まぁ中途半端に痛い思いをするよりは全然ましです」

「何回揺すってもシバいても起きなかったアル!」

「し、シバいたんですか…」


メガネの少年、新八くんとオレンジ頭の可愛い子、神楽ちゃんと団子をつまみながら(神楽ちゃんの1人大食い大会状態だが)、昨日の成り行きを聞き謎が解けた。
このやたらと大きなワンちゃん、定春と交通事故(というのか)を起こして倒れた私を神楽ちゃんたちが万屋事まで運んでくれ、その後の看病とお見送りはここの店主である「銀ちゃん」がしてくれたそうだ。

「銀ちゃん」にもお礼をしなければと思い今はいないのかと尋ねると「パチンコ…あ、今日は仕事でしてハハハ」と冷や汗ダラダラの新八くんに言われた。どうやら店主さんはギャンブラーらしい。2人も今しがた仕事から帰ってきたところだったようで、もう少し遅く来た方が良かったかと後悔する。


「改めて本当にすいません…あの、まだどこか痛むところとかはありませんか?」

「あ、いえ、全然大丈夫です。丈夫なのだけが取り柄なので」


丈夫なのが取り柄なんて人生で初めて言ったわけだがどうやら新八くんはその一言にやっと安心してくれたらしく、目に見えてホッとしているのが分かった。きっと心配性で心優しい少年なのだろう。少しばかし声はうるさいが。


「なまえ!ここの団子めっさ美味しいアル!どこの店アルか!?」


初対面でまさか呼び捨てにされるとは思わなかったが人懐っこくて素直な感じのする笑顔に絆されて思わずこちらまで微笑みながら返してしまう。


「うちの近くにある昔ながらの甘味屋さんのなんですよ。もう何年もお世話になってて、とっても懐かしい味がするんです、ここのお団子は」

「わ、本当ですね!すごく美味しい!銀さんも喜びそうだなぁ」

「ふふ、それなら良かった。直接店主さんにもお礼がしたかったんですけど、今日はいないみたいなのでまた出直しますね。神楽ちゃんはたくさん食べるみたいだから今度はもっと多めに持ってきます」

「ヒャッホー!さすがなまえネ!私が見込んだ女なだけあるヨ!」


神楽ちゃんは食べ物に釣られやすい、と脳内でメモを取るように繰り返し、お別れを言ってから万屋事を後にした。

昨日の出来事はあらかた理解できたし、お団子は気に入ってもらえたし、神楽ちゃんも新八くんも良い子だったし、今日は来て良かったかもしれない。ギャンブラーの店主さんは恐そう(なイメージ)なのでまた来る時には気をつけねば。きっとやっぱり私の好きだった坂田さんとは別人なんだろう。謎が解けたことで気持ちも随分と軽くなり、上機嫌で帰路についた。



>>>



「っかしーなぁ、今日は勝てる気がしたんだけどなぁ」


案の定負けてしまったパチンコの帰り道、また新八にどやされると項垂れながら歩いている俺とは対照的に、鼻歌なんて歌いながら軽やかに横を通り過ぎる女の後ろ姿が目に入った。


「…んだよ良いご身分だこった」


ツイてねぇな、と低いテンションのまま万屋事に帰ると、神楽と新八までもが上機嫌にテレビなんて見ていてやけに腹が立ったわけだが。…そんなことよりなんか甘い匂いがする。


「あ、銀さん帰ってきたんですか」

「遅かったアルなパチンカス」

「誰がカスだしばくぞ酢昆布娘」

「ふん!今私は銀ちゃんになんと言われようとなんとも思わないアル!銀ちゃんなんて鼻くそ同然ヨ!」

「なんだそのテンション鬱陶しいなオイ」


何とも鬱陶しいテンションにため息を吐きながら机を見ると、そこには昼間見かけたばかりの包装紙。


「お前らこれどうしたんだ?」

「あ、バレちゃいましたか。でもとっとと帰って来ないでパチンコなんてしてる銀さんが悪いんですからね!」

「昨日のお礼ってなまえが私に持ってきてくれたアル!私のお手柄ヨ!」

「お前にお礼って何のだそりゃ。定春に張り倒された礼かァ?」


昨日のお礼、ということはきっとあの女が先ほどまで来ていたという事だろう。慰謝料でも請求されたらどうしたもんかと思っていたが、なんとご丁寧に茶菓子まで持って礼に来たらしい。…ものは捉えようだな。


「あれ、銀さんお団子好きなのに、自分のがなくても怒らないんですね…?何かいい事ありました?」

「いーや別にー。今日は腹が減ってねーんだ、パチンコは負けたがご機嫌な銀さんに感謝しろよお前ら!」

「やっぱり負けたんですね…」


家に送りはしたものの倒れたまま死にでもされたらたまったもんじゃねぇと名刺を枕元置いてきて正解だったようだ。
団子がどうだとかそんなことは今はどうでもよくて、何となくまたあの女に会えるであろうことが嬉しかった。ばあさんに余計なことを言われたからだろうか…。

俺自身は全く顔も覚えていないので、もしこいつらが今日話したという「なまえ」があのなまえだったらと、あり得もしないことに淡い期待を抱いている俺がいるのだ。


淡い期待


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