今日こそは言わねばと思って足を運んだあいつのところ。分かってはいるがどうにも顔を見ると言い出せずに帰って来ちまう俺にヅラはそろそろ我慢の限界らしい。


「よぉ。元気してっか」

「坂田さん、いらっしゃいまし」


相変わらず惚けた顔で俺を迎えるなまえに何となく安堵しながら、ごく自然に隣に座る。いやぶっちゃけ自然に座れてるのかどうかも分かんねェくらい緊張してるがまぁそんなことはどうでもいい。
今日こそははっきり告げなければいけないのだ。もうここに来ることは出来ないということを。


「ちょうど昨日、噂の甘味屋の団子をもらったんです。食べますか?」

「おいそれマジか!でも貰いもんだろ?食っちまっていいのかよ」

「ふふ、姉さんたちには内緒ですよ?」


と思っていた矢先。団子を出されてつい思考が逸れる。
…時間はまだあるんだし、食ってから話せばいいか、と思い一旦肩の力を抜いてなまえに向き直る。それにしてもここの団子美味ぇなおい。


「うめぇ!」

「喜んでいただけて何よりです。本当に坂田さんは美味しそうに食べますね。餌付けのし甲斐があります」

「餌付けってお前、俺はペットか」

「こんなに白くてふわふわな猫、欲しいなぁと思っていたところなんですよ」

「ふわふわって天パか?天パのこと言ってんのか?」

「褒めてるんですよ、もう」


納得がいかず、褒められてる気がしねぇ、と呟くとなまえが幸せそうに目を細めるのが見えた。
ああ、このままじゃダメだ。こいつのこの隠しているつもりなのかわざとなのか分からない、真っ直ぐ俺に向けられている気持ちに罪悪感を感じるのだ。


「ねぇ坂田さん、団子はもういいでしょう?外のお話を聞かせてくださいな」

「お、そうだな今日はとっておきの話があんだよ!この間話したヅラっていんだろ?…」


初めて会った日からはもう何ヶ月も経っている。だが俺は1度もなまえを抱いたことがない。わざわざ遊郭に来ておいてなんだそりゃ、ってそんなことはもう高杉に何度も言われてるから放っておいて欲しい。


何故かと言われれば俺だって不思議なくらいで、溜まりに溜まっていざ発散!と思い足を運んでいるのに、茶菓子を摘みながら楽しくお話をして、帰ってから1人で虚しくその昂まりを処理するという日が続いている。


そうそうそんな客はいないのだろう、最初の頃、なまえは何度も俺に「何故何もしないんです?」と会うたびに聞いてきた。そんな恐る恐る聞いてきておいて「じゃあ抱かせろ」なんて言われたらどうするつもりなのだと思うくらい不安そうな顔をして。
仕事の話をするときのなまえは見ているこっちが苦しくなるような顔をするので、もうその話はしないよう、約束をした。


代わりに始まったのがこの俺の日常を話すだけの時間。遊郭の中からの世界しか知らないなまえに今日は晴れだったとか、そろそろ花も咲く季節だとか、自分の仲間の話だとかをしてやるのだ。
俺自身、この時間にどれだけ救われていたんだろう。攘夷戦争が始まってからは天気や季節なんて気にも留めていなかったのだが、ふとした時に「あぁ次にあいつに会った時に伝えてやろう」と自然と思うようになったのはいつ頃からだったか。


「なんだ?今日はやけにボーッとしてんじゃねぇか」

「あ、ごめんなさい。ちょっと思い出してたんです、坂田さんと会ってもうしばらく経つなぁ、って」

「あー、そうだな。お前もそろそろ仕事は慣れたのか?」


時間、そろそろか。
仕事の話はしないなんて自分から言っておいてこんな切り出し方はないだろう、自己嫌悪に駆られるが今更遅いので、また気が変わらぬ内に話してしまおう。


しかし思えばなまえと初めて会ったのは確かこいつが水揚げしてすぐのことだったか。軽くキスをしてゆっくり横たわらせ、いざという時にガチガチに緊張して固まってしまったなまえを見て、なんだかアホらしくなってしまい、爆笑しながらそのまま隣に転がり頭を撫でてやったのだ。


思い出していると仕事のことに触れられたのに驚いたのか、動揺した様子で視線を泳がせるなまえが目に入ったので慌てて付け足す。


「いや、深い意味はねぇんだけどよ。そろそろ俺は来れなくなるから心配になっちゃったわけ」

「え、」


あぁ、この顔は傷ついている。初めて見た表情に少しドキッ、とするが今はそんなドS心を燻られている場合ではない。


「まぁなんだ、そのうちどっかの団子屋とかで見かけるかもしんねーし、そん時はよろしくな」

「は、い…そうですね、またどこかでお会いできます、よね」

「おう。あ、久々に会って声かけてみたらどちら様ですかーみたいなのはやめろよ!傷つくから!ナイーブだから俺!」

「…そんなふわふわな頭、忘れるわけないじゃないですか」

「お前本当天パいじり好きだな!」


わざとおちゃらけた風に話しを無理やり進めるが、必死になんてことない顔をしようとするなまえを見ていられなかった。
早く、早くここを出なければ。早く離れなければ。このままこいつを連れて何処かへ行ってしまいたくなる。


「っと、もうこんな時間か」

「本当、坂田さんとお話してると早いですね」

「営業文句言えるようになってんなら大丈夫だな」


がしがし、と少し乱暴に、だけど細いこいつが壊れないように優しく頭を撫でてやり「またな」と言い残しその場を後にする。
後ろは振り返れなかった。最後に笑ってたなまえの目から今にも溢れそうな涙を見たくなかった。見て見ぬフリをしたのだ。


そのうち団子屋で会えるかもなんて、無理なことは分かっていた。あいつにはきっと俺がこのまま相手をしてやるなんかより、もっと良い道があるはずだ。どっかの金持ちに気に入られて娶られるとか、なんだっていい。


「こんな顔して帰ったらあいつらに笑われるじゃねーか、馬鹿野郎」


見て見ぬフリ


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