今日も今日とて言われた通りお得意様と身体を重ねる日々。
何故こんなことを、なんて考えたこともなく、ただ生まれた時からいつかはこうなると分かっていた通りの仕事を全うするだけ。
「よぉ。元気してっか」
「坂田さん、いらっしゃいまし」
だった。
言われた通り身体を重ね、姉さんたちに教えてもらった通りご奉仕して、こんな鳥籠の中での幸せなんてたかが知れてて、あそこのお団子屋さんが美味しいとかそんな話しをすることだけが私の幸せだったのに、それを変えてしまったのはこの人だ。
「ちょうど昨日、噂の甘味屋の団子をもらったんです。食べますか?」
「おいそれマジか!でも貰いもんだろ?食っちまっていいのかよ」
「ふふ、姉さんたちには内緒ですよ?」
目に見えて喜ぶ坂田さんにこちらまで嬉しくなってしまって思わず笑みが零れる。
坂田さんは攘夷戦争に駆り出されているお侍さん。少し前からこの近くに拠点を置いているらしい。まあ、所謂お得意様である。
忙しいらしく、いつ来るかなんて分かりはしないものの週に1回は会いに来てくれるのだ。
「うめぇ!」
「喜んでいただけて何よりです」
大袈裟なリアクションをとる坂田さんを見てつい嬉しくなってしまい、食べずに待っていて良かったと微笑む。
「本当に坂田さんは美味しそうに食べますね。餌付けのし甲斐があります」
「餌付けってお前、俺はペットか」
「こんなに白くてふわふわな猫、欲しいなぁと思っていたところなんですよ」
「ふわふわって天パか?天パのこと言ってんのか?」
「褒めてるんですよ、もう」
褒められてる気がしねぇ、と納得がいかない様子の坂田さん。
ああ、毎日こんな他愛のない話をして一緒に笑えればいいのに。余計なことは何も考えなくてよくて、楽しいことだけ、幸せだけを噛み締めて生きてみたい。
「ねぇ坂田さん、団子はもういいでしょう?外のお話を聞かせてくださいな」
「お、そうだな今日はとっておきの話があんだよ!この間話したヅラっていんだろ?…」
初めて会った日からもう何ヶ月も経っているが、坂田さんは1度も私を抱いたことがない。何故かと聞いても答えてくれないし、口が上手いので毎度はぐらかされてしまう。
何度も聞くうちにだんだん坂田さんも面倒になったのか「だぁー!もうそれ聞くの禁止な!銀さんしつこいのは嫌いでーす!」と言われて以降、その話はしていない。
代わりに始まったのがこの外の世界の話を聞くだけの時間。遊郭で育ち遊郭で死ぬ運命の私に、坂田さんは来るたびに楽しい話を持ってきてくれる。
今日は晴れだったとか、そろそろ花も咲く季節だとか、自分の仲間の話だとか。他愛のない会話だけどその時間がひどく幸せで、たまに怖くなるのだ。”果たして私にこんな思いをする権利はあるのか”と。
「なんだ?今日はやけにボーッとしてんじゃねぇか」
「あ、ごめんなさい。ちょっと思い出してたんです、坂田さんと会ってもうしばらく経つなぁ、って」
「あー、そうだな。お前もそろそろ仕事は慣れたのか?」
坂田さんと出会ったのは私が水揚げして間も無い頃。軽く口付けをしてゆっくり横たわり、いざという時に何故だかガチガチに緊張して固まってしまった私を見て爆笑しながらそのまま隣に転がり頭を撫でてくれたことはよく覚えている。
だから、こんな質問なんてことないはずなのだけど、坂田さんに仕事について聞かれることに凄く動揺してしまった。
私の目が泳いだのを見逃さなかったらしく、慌てた様子で付け足してくる。
「いや、深い意味はねぇんだけどよ。そろそろ俺は来れなくなるから心配になっちゃったわけ」
「え、」
聞いて、息が詰まる。胸が苦しい。何を言われているかは理解できているのに言葉が何も出てこない。
「まぁなんだ、そのうちどっかの団子屋とかで見かけるかもしんねーし、そん時はよろしくな」
「は、い…そうですね、またどこかでお会いできます、よね」
「おう。あ、久々に会って声かけてみたらどちら様ですかーみたいなのはやめろよ!傷つくから!ナイーブだから俺!」
「…そんなふわふわな頭、忘れるわけないじゃないですか」
「お前本当天パいじり好きだな!」
私は今なんでもない顔が出来ているんだろうか。
「っと、もうこんな時間か」
「本当、坂田さんとお話してると早いですね」
「営業文句言えるようになってんなら大丈夫だな」
がしがし、と初めて会った日と変わらない少し乱暴だけど暖かくて優しい手で撫でられる。精一杯の笑顔で笑ってから頭を下げ、それから、坂田さんが「またな」と言い残し去ってしまったあともしばらく顔は上げられなかった。
だって、そのうち団子屋で会えるかもなんて、無理なこと分かっているくせに。私はずっとここに居て、ずっとあなたを待っていたかったのに、もう2度と会いには来てくれない、ってことですよね。