「これから、かぁ」


坂田さんの確かに言ったその言葉に綻ぶ顔を抑えられず、周りに誰もいないことを確認した後ふふふと一人笑う。もう置いて行かない、近くにいていいんだと言われたような気がしてじんわり心が暖かくなった。
私の言葉の真意が伝わったのかは分からないけどそれから坂田さんも口籠るように言葉を飲み込むことが少なくなり、なんだか昔に戻ったように感じたのもまた私の顔の緩みに拍車をかけていたのだろうと思う。

団子屋で鉢合わせたのは既に数日前のことだけどあれからと言うもの浮ついた心を仕舞い込む気にもならず、どうにも坂田さんの顔ばかりが頭の隅をちらついて仕方がない。現にバイト中である今もこんなことを考えているわけだから、本当どうしようもない奴だな私はとため息を吐いた。


「そのため息吸ったら俺に幸せ舞い込んでくっかなー」

「…はい?」


菓子コーナーの品出しの途中、後ろから掛けられた声にびくりと肩を跳ね上げる。振り返るとつい今しがた私の脳内の大半を占めていた人がニヤニヤとした顔でこちらを見ていた。


「さ、坂田さん」

「よォ、ずいぶんでけェため息だったな」

「いたなら声かけてくださいよ…」


心臓に悪いです、と続けると悪びれる様子もなく覇気のない声で悪ィ、と一言返された。全くもって悪いと思っていない時の声色である。


「なんか悩みでもあんのか?」

「え、あー」

「万事屋」

「はい?」

「一応俺万事屋だぜ、悩みくれェ聞くけど」

「いや、えっと、そんな大層なことではないので」


と、言うか本人に「あなたのことで頭がいっぱいで仕事も手に付かないんです」なんて言えない。しかし未だニヤニヤとした顔を崩すことなくふうん?とこちらを覗き込んでくる当の悩みの種さんは引き下がる様子が見えない。何か適当に交わす方法を考えなければ。


「何、こーんなに古い付き合いの俺にも相談できねェような疚しい事抱えてんの?なまえちゃんは」

「疚しいことだなんてそんな!むしろ友人なんていませんから、坂田さんくらいしかお話しする方いませんよ」

「だったら問題ねーよな」

「あああでもそのあの、」

「でももだってもねェだろ、人の好意は素直に受け取っとけって。バイト何時上がりよ」

「17時、です…」

「んじゃ終わる頃迎えに来っから」

「わざわざ悪いですよ!」

「人の好意は?」

「…はい。よろしくお願いします」

「よし」


じゃあな、と一度私の頭に手を置いてから満足そうに去っていく坂田さんの後ろ姿を見ながら頭を抱えた。いつもなら少し会えただけで心が踊るほど嬉しいというのに、この状況ではそう素直に喜べそうもない。…いや本当は嬉しいけど。

しかし坂田さんに言われた通りでももだってもないのだ。バイトが終わるあと数時間後までにそれらしい悩み事とやらを取り繕って、最もらしい悩み相談をしなければならない。


「う、気が重い…」


はて、今まで一度だって坂田さんに嘘をついたことがあっただろうか。なんとなくあの真っ赤な双眼に見つめられると薄っぺらい言葉なんて吐ける気がしなくて、ますます気は重くなるばかりだ。


「みょうじさん、すごい顔してるけど大丈夫?」

「大丈夫です、多分」

「いやいや、真っ青だよ?少し休憩したら?」


そんなに思い詰めた顔をしていたのだろうか、通りかかった西村さんにやたらと心配される。片手間に上手い嘘を考え起こすのも無理だろうと思い、お言葉に甘えて少し休憩を頂くことにした。非常に申し訳なくはあるが、今は来たる決戦に向けて策を練らせていただこう。ありがとうございます西村さん、今度コーヒー奢ります。


思うは貴方


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