なんならついでに俺も、

意を決して出しかけた誘いの言葉は発せられることなく知らない男のあいつを呼ぶ声にかき消された。なんつータイミングで話しかけてきてんだこいつ、なんて眉を寄せたが実際向こうからしたら俺に同じことを思っているだろう。せっかく一緒に帰っている途中、少しの間待たせていた女に見覚えのない男が話しかけていればナンパだとでも思うはずだ。


「あ、西村さん。えっとこの人は昔からの知り合いで」


昔からの知り合い、何も間違っちゃいないがどうしても俺にはそんな簡単な言葉で片付く関係だったように思えない。否思いたくないんだろう。情けない話だがそんなたった一つの言葉にやけに喉が詰まるような気持ちになって、ああもうとにかくこの場を離れようと思った。


「あー…邪魔して悪かったな。じゃ、気をつけて帰れよ」


坂田さん、なんて昔帰り際に言われた時のように寂しい声を絞り出されては後ろ髪を引かれる思いで歩き出した。なまえに相手がいるであろうことはとっくに覚悟していたはずなのに何を年甲斐もなく拗ねてんだ俺は、馬鹿馬鹿しいの一言に尽きる。


「あああクソ!何してんだよ…」


ガシガシと頭を掻けば意味のわからないイライラが増すばかりで、コンビニの袋に入ったいちご牛乳を開けて飲んでみるも一向に収まる気配はない。このまま帰ってもなと思いこんな時は甘ぇもんでも摂取しときますかと向かったのは例のばあさんのいる団子屋。


「ばあさん、みたらし3本」

「あら、珍しい顔も来るもんだ。元気してたかい?ま、見た限り元気ってこともなさそうだけど」


ふふ、と口元に手を当てて笑ったばあさんにうるせーと一言返してから座る。そもそもここに来るとなまえのことを思い出してしまうのでこりゃ逆効果だったかと団子を待ちながら少し後悔した。


「え、え、坂田さん!?」

「あ?」


ふいに呼ばれた名前に反応して振り返ればそこには大きな目を見開いて立ち尽くす俺の見たかった顔、いや今は逆だ、見たくなかった顔が。そういえば家に帰って荷物を置いたらまた団子屋に行くって言ってたっけか。しかし男もいたのでそうすぐには来ないだろうと踏んだのが間違いだったらしい。


「ご一緒していいですか?」

「…おう」


恐る恐るという感じで俺に問うてきたなまえに悪い気はせず、先ほどの会いたくないという自分の心情すらも忘れて返事をした。本人の顔を見ただけで結局こうだ。どうにもこいつといると時の流れを巻き戻されたかのような感覚に陥って、せっかく会っていなかった十年で培った(であろう)大人のいろいろがスルリと抜け落ちてしまう。


「早かったな」

「もしかして、西村さんのことですか?たまたま途中まで送ってもらっただけなので気にしないでください」

「たまたま、ねぇ」

「やだ、何ですかその目。本当たまたまですってば。バイト先の先輩なんですよ」


何をそんなに否定することがあるのかは分からないが、どうやら本当にただのバイト先の先輩とやらなのかもしれない。団子を食べる手を止めて必死に訴えかけてくるなまえの目は嘘をついているようには見えなかった。まあ俺が信じたいだけかもしれないが。


「もしかして良い年して独り身なのを案じてくれてます?」

「は?お前独り身なの?」

「え、まさか本気で西村さんとの仲を…」

「いや、そいつとの仲っつーか、なんつーか」


身請けされたんじゃなかったのか。なんとなく当時のことを掘り下げても良いものか悩んでしまい、その先の言葉が出てこなかった。本人的にはどうなのか、忘れたい過去にしているのだとしたら俺からわざわざ聞くのも野暮というものだ。


「…生活こそ変わりましたけど、私は昔と何も変わってないですよ。考え方も、気持ちも、全部坂田さんと過ごしていたあの頃と同じです」


俺の考えていたことが見透かされたような気がした。それと同時に何かを含むようなやんわりとした言い回しの真意が掴めそうで掴めなくて、やたらともやもやする。昔からこうしてはっきりとしない、捉え方や答えはすべて俺に任せるような話し方をするのがこいつだったと懐かしくもあるが、そのせいでいつだって目の前のなまえを遠く感じていた。


「俺も、なんも変わってねェよ」

「そうですか、よかった」


ただ変わっていない、その言葉を聞けただけで今は十分な気がした。お互いを知っている年月の方が明らかに短いし、こんなに年数が経ってしまったがそれでもいいじゃないか。何も変わっていないならまた今ここから続けていけばいい。柔く微笑むなまえの顔を見て、柄にもなく数日も同じことに対して頭を悩ませていたことが馬鹿らしくなる。そうだ、俺らしくもない。


「なんだか歳だけ取っちゃって嫌になりますね」

「まだ背中も曲がってねェうちに辛気臭いこと言うなっての。これからだろうが、これから」

「これから、ですか」

「おう」

「これからは歳をとって背中が曲がっていく坂田さんのことを見ていられるってことですよね」

「…それ俺だけ歳取ってんじゃねーか!お前も漏れなくバアさんになること忘れてない!?」

「あれ、忘れちゃいました?私坂田さんよりは少し若いですから、少し」

「にしたって良い年だろーが。早く良い関係になれる男捕まえるこったな」

「失礼ですね!坂田さんこそそろそろヤバいんじゃないですか?糖尿病になったら誰が看病してくれるんです」

「いやいやならねーから。甘ェもん摂取した分だけ頭使ってからね、俺は。お前こそ見ない内にちょっと肥えたんじゃねェ?」

「坂田さんは見ない内にデリカシーをどこかに落としてきたみたいですね!」


全部がこれから始めていけば良いことだと思った途端、今更こいつにかける言葉も合わせる顔もあったものかと悩んでいたことが可笑しく思えてきて、口から出る言葉自然と調子を取り戻していた。再開して大人びたと思っていたなまえもこうして笑えば確かにあの頃のままで、幾分か心が軽くなった。坂田さんと呼ばれるたびに燻る気持ちも懐かしさを帯びたものではなく、確かに今愛しいと感じる。


「変わりませんね、私たち」

「そうだな」


どんよりと数年を覆っていた雲が晴れた気がした。


晴れない雲はない


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