今日もいつも通り朝からアルバイトに行き、いつも通り帰りにおばちゃんのところに行って、たったそれだけの毎日だけど遊郭にいた時を思うと随分と自由な生活を送れているとつくづく思うものだ。


「お疲れ様でしたー」


朝から夕方まで大江戸スーパーでの仕事を終え、今日もこれから団子屋に向かうところである。昨日はろくにお話も出来ずに万事屋へ向かってしまった為おばちゃんが寂しがっているのではとついつい早足になってしまう。


「おーい姉ちゃん、財布落としたぞ」

「わ、すいません」


はやる気持ちを抑えられず急いでしまったせいか、どうやら財布を落としてしまったらしい。後ろから男性に声を掛けられありがとうございます、とお礼を言おうとしたところで絡まった視線に息が詰まった。


「さか、たさん…」

「お前、なまえか…?」


ふわふわで真っ白な猫みたいな髪、
絶対この人は坂田さんで、今私の名前を呼んだということは覚えていてくれたんだ。嬉しさと混乱でどうしていいか分からないという顔をしていると坂田さんが私に財布を差し出した。


「…お前、随分変わったな」

「え、あ…そう、ですか?」

「おう、なんかこう、雰囲気が」

「さ、坂田さんは、何も変わりませんね…」


ありがとうございます、と財布を受け取りぎこちない会話をしながら隣を歩く。まさかこんな形でこんなところで再開するとは思っていなくて、たくさん聞きたいことも言いたいこともあったのに何も出てこないのだ。


「あー、茶でも飲んでくか?俺んちこの辺だからよ」

「いいんですか?」

「若干うるせぇのもいるがまぁ気にしないでくれ」


ペットでも飼っているのだろうか、思い出したかのように私に断りを入れ、案内してもらった場所には見覚えのある看板が。それから坂田さんの「俺、今は万事屋っつー何でも屋やってんだわ」という一言に卒倒しそうになる。


「まぁ色々聞きたい事あんのはお互い様だしよ、とりあえず落ち着いて中入ってから話そうぜ」

「あっでもあのここ、」


私の言葉を遮ってガラガラッ、と戸を開けると先日お邪魔したばかりの家。1日で何が変わるなんてこともなく全く同じ風景で私の気づいてしまったことは間違いではないんだと思い知らされる。


「あ、銀ちゃんおかえりアル!」

「おー、たでーま。新八ィ、客用に茶淹れてくれ」

「あれ、なまえさんじゃないですか!昨日の出直すって、また早かったですね!」


私に気付き話しかけてきた新八くんにそうだよね、と思いながら隣を見上げると、坂田さんがどういうことだと不思議そうな顔をしていた。


「あはは、すいません連日…お邪魔します…」


リビングに通され、今日は団子はないのかと聞いてくる神楽ちゃんにごめんね、と謝るとあからさまに残念そうな顔をして定春の散歩に行ってしまった。現金な子だ…!
坂田さんと私の何とも言えない顔と、微妙な空気に耐え兼ねたのか新八くんまでお茶を置いたあと直ぐさま買い物に行ってしまい今は机を挟んで2人で向き合っている。


「えー、と。整理するとだな」

「はい」

「やっぱりこの間の女はお前だったわけ、だよな」

「た、たぶん。私は全く覚えていないので…」

「いやぶっちゃけ俺もあん時は酒に酔ってて顔は覚えてなかったんだわ」

「そうだったんですね…」


という事はやはり私の予感は的中していて、ここ万事屋の銀ちゃん、とは坂田さんだったわけで、詰まるところ私を家まで送ってくれたのもこの坂田さんで、わざわざ団子屋まで来てあの日おばちゃんと雑談したというのもこの坂田さんなわけで、


「頭がパンクしそうです…」

「そりゃな。何年ぶりかもう分かんねーもんな」

「ですね」


本当ははっきりと、もう何年何ヶ月前を最後に坂田さんに会っていないか覚えている。普通に考えたら気持ち悪いと思われても仕方ないので余計なことは言わないけれど。
最後のまたどこかで、という言葉だけをいつかと夢見てたった1人で暮らしてきたんだ。それは私が少しでも寂しくないようにと坂田さんなりの別れの一言だったのかもしれないけど私はあれを最後にしたくなかったんだ。


「…」

「……」

「なんか…あれですね、久しぶりすぎて何を話せばいいか全然出てこないです」

「あー…なんつーか、良い女になったな。あん時よりずっと」


沈黙に耐え兼ねてははは、と苦笑いすれば坂田さんも同じように困った顔をした後私の目を見据えてこう言ったのだ。坂田さん、それはどういう意味ですか。期待、してもいいんでしょうか。なんと返せばいいのやら、言葉に詰まっている内に空気を察したのか急に立ち上がった坂田さんに、ああもうお別れかと私も立ち上がる。


「まぁ、ここで会ったのもなんかの縁だろ。困ったことあったらいつでも来いよ」

「はい、本当に今日は会えてよかったです。またお土産でも持ってきますね」

「あのよ、」

「なんですか?」

「…いや、やっぱ何でもねーわ」


なんだか歯切れの悪い坂田さんに疑問を抱きつつもあまり長居するわけにはいかないと思い、今日のところは帰る事にした。もっと話したいことはあったのだけど少し頭を整理する時間も欲しいというのが本音だが。


「じゃあな、気をつけて帰れよ」

「はい、じゃあまた!」


じゃあまた、何でもない言葉だけど今はこれが特別な言葉に思えてくる。また、会いに来てもいいんだろうか。


「き、緊張した…」


坂田さんに送り出されてしばらく動けないまま、階段の下で固まっていた。
私の中の記憶の坂田さんと何も変わらなくて、またその大きな手で頭を撫でてくれるんじゃないかと、またその優しい声でたくさん名前を呼んでくれるんじゃないかと思ってしまったんだ。しかし姿形は変わらずとももう何年も前に会ったただの遊女を今覚えてくれていることだけでも奇跡的なわけで、そんな期待はするだけ無駄だった。少し寂しさは感じたものの、これからはいつでも会いたいときに、今度は自分から会いに行けるんだと思うだけで嬉しくなった。



>>>



「はぁ…」


なまえを送り出してしばらく玄関から動けずにいた。良い女になった、なんて俺に言われてもきっと心底困っただけだろう。もしくは相当気味悪かったに違いない。生憎そんな反応をされてまで「あのよ、」の後に続く言葉を聞く勇気も図々しさも持ち合わせておらず、飲み込んでしまったのだ。


「あんな顔、されちゃあな…」


あの頃と何も変わらない真っ直ぐな瞳に吸い込まれそうになってしまったと同時にこいつの眼には今の俺がどう写っているのか、恐かった。分からなかった。
今あいつが江戸に住んでいるのだとすれば遊郭にはいないということで、1番あり得る理由とすればどこかの男に見初められ幸せな生活を送っている、はず。今更また出会ったところで何が出来るというのだ。変わりのないなまえを見て揺らいだ自分への情けなさにため息が出る。


あの時は置いていってすまなかった、今更そんな言葉を伝えるべきではないんだ。


「銀さーん、銀さんってば、聞こえてますかー!!」

「だぁー!耳元で叫ばなくても聞こえてるっつーの!」

「呼んでも返事しないからでしょ!なんでこんなとこで固まってんですか」

「大人の男にゃ童貞には分からん問題事が色々あんだよ」

「何でそこで僕がバカにされるのか分からないんですけど!!ってあれ、なまえさんもう帰ったんですか?晩ご飯一緒にどうかと思ったのに」

「今そこ1番触れちゃいけないやつな」


ハテナマークを浮かべる新八になまえとは実は昔馴染みだったのでその内また来るだろうと伝えておいた。まぁあいつはあいつで幸せな生活を送っているならそれはそれとして、たまに昔話に花を咲かせるくらいは良いだろうと勝手に納得して今日のところはこれ以上考えるのは止そう。


今更そんなこと


人気急上昇中のBL小説
BL小説 BLove
- ナノ -