あと一限だけ我慢すれば昼休みだろーが、と教室に押し戻された俺となまえを沖田さんは交互に見て目を丸くした。

直後、状況を理解したらしく腹を抱えて笑われたのでもうなんか色んな意味で消え去りたい。


18


減給がかかっているせいか空気を読んでくれなかった銀八の授業が終わって、まだ気まずかったのか再び逃げ出そうとしたなまえを捕まえたのは沖田さんだった。また首根っこ掴まれてやんの。

耳元で何か言われたらしいなまえは観念したように今俺の後ろをついてきている。よし、予定通り屋上にでも行こう。


「ザキくん…」

「どうした?」

「あの、さっきの、」

「とりあえず屋上でも行かない?さっき沖田さんから鍵もらったからさ」

「…うん」


普段閉まっている屋上の鍵を何故沖田さんが持っているのかは言及しないでおこう。ガチャリ、扉を開けると当たり前だがそこには誰もいなかった。そして俺たちのモヤモヤした気持ちとは裏腹に今日は憎らしいほどの晴天だ。


「まず、この間はごめん。その、キスしたこと」


熱のせいにしてくれてたとしても誘惑に負けちゃったのは俺だし、実際申し訳なく思っている。確かに舞い上がったのは事実だけど、そのあと一気に襲ってきたのは罪悪感だった。


「それから、今更なのは承知で言わせてもらう、けど」


ごくりと喉が鳴る。なまえも黙って俺の言葉を待っている。


「俺、なまえのことが好きです!付き合って下さい!」


在り来たりなセリフだけど言い慣れてなんかなくて、噛みそうになりながらなんとか言い切った。心臓だけが別の生き物みたいにばくばくとうるさい。頭を下げているのでなまえの表情は伺えないけど、目の前で落ち着かないようにゆらゆらする足から動揺しているのがわかった。するとピタッとその揺れる足も止まって、下を向いている俺の視界に彼女の顔のどアップが。


「え、あ、近…」

「ザキくん」


この間のキスを彷彿とさせるリップ音が人一人いない屋上で鳴った。ゆっくり彼女の顔が離れていくのを見てやっと、俺今キスされたんだと認識する。ぶわっと顔に熱が集まってきて、今にも沸騰してしまいそうだ。


「私も退くんのこと好きだよ」

「あ、ありがとう…」


やっとのことで絞り出した声は掠れてて、「告白遅いよバカ」といつもみたいに笑うなまえの耳も頬も赤く染まっているのを見るとからかわれているわけではないみたいだ。うわ、夢見てんのかな。


「さっきはごめんね、さすがに恥ずかしくなって逃げちゃった」

「逃げれてなかったけどね」

「先生、空気読めないねー」


ふふふと笑うなまえはいつも通りの余裕そうな顔に戻っている。せっかくだしお弁当ここで食べようかと提案されて頷くと鞄から二つ袋を取り出して一つが俺に手渡された。


「看病しに行ったのにあんなことになって申し訳なかったから、お詫びで買っといたの」

「…もしかしてこれ餃子?」

「うん。王将寄ってきた」

「いやこういう時って手作りお弁当ーとかじゃないの!?」

「ザキくんはそういうとこ細かいなぁ。いいの、これが一番美味しいから。いらないなら返して」

「いる!いるけど!」

「ワガママ言う子に食べさせる餃子はありません!」

「母ちゃんか!」


もうすっかり普段のテンポを取り戻していて少し安心する。お決まりの餃子を頬張るなまえは相変わらず可愛いし、王将の餃子も相変わらず美味しい。さっきの気まずい教室からは考えられないほど今日は良い日だ!


「ああでもさ、なまえの好きな人って土方さんじゃなかったの?」

「出た。それやめてよ、ザキくんの勘違いなのに」

「ええ?でも出かけた時に言ってたのは…」

「黒髪で目が小さくて苦労人でかっこいい人、どう考えてもザキくんだよ」


ブッ、と喉を潤そうと飲んだお茶を吹き出すとぎゃー汚い!なんてあからさまに逃げられる。ごめんごめんと謝りながらも落ち着いたはずの心臓がまたうるさくなって、目が泳ぐ。


「あ、照れてる?」

「て、照れてない!」

「大丈夫だよ、ザキくんかっこいいから」

「なんも言ってないけど!?」

「かっこいいなんて言われないから恥ずかしかったんでしょ」

「言われないって決めつけるの酷くない?俺泣くところ?」

「いいの、私が褒めてるから。ザキくん世界一かっこいいよ」

「ぐ…っ」


思い願っていた幸せが今ここに!ああ神さま俺今死んでもいいです、あーやっぱり少し待って下さいもうちょっとこの幸せを噛み締めたいので!



という俺の懇願も虚しく、屋上の扉が勢いよく開くとそこに立っていた甘いマスクの悪魔によって地の果てに突き落とされた。


「やーまーざーきィィ」

「ひっ、沖田さん!?」

「お前俺の焼きそばパンはどうした」

「あああ忘れてた!!」

「てめェ人の後押しの恩返しもできねーのか?あ?」

「ごごごめんなさいごめんなさい今買って来ますうう!」


俺が買ってくるであろう焼きそばパンを教室で待っていたに違いない。空腹の沖田さんは今にも俺を屋上から落とそうとせんばかりだ。「いってらっしゃーい」なんて呑気に手を振るなまえに手を振り返してから泣く泣く購買へダッシュする。焼きそばパン、まだ残ってますように…。


彼女は俺と両想い
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