「やっちまった」

「ブッサイクな面が余計酷ェことになってらァ」

「やめて沖田くん私今簡単に心折れるから」

「そりゃあ良いや、加虐心を燻られるねェ」

「こんな時にドS垣間見せなくていい!シッ!あっち行って!シッシッ!」

「あっち行くにもここ、俺の席なんで」


朝からやたらとげっそりしている後ろの席の女にいつも通り軽口をかけると、向こうからはいつも通りの反応は返ってこなかった。


16


一年の時から思っていたがやたらと山崎と仲の良い平々凡々なこの女、なまえとは座席が近くなった(というか俺がそうした)ことで以前よりもだいぶ距離が縮まったここ最近。ちなみにだが山崎はなまえに惚れているし、なまえも山崎に惚れている。誰が見たって丸わかりだがいつになったってくっつかないこいつらはZ組の七不思議に入れても良いくらいには意味がわからない。

まぁ元よりなまえとは三年間同じクラスなのだから会話を交わしたことも行事で係を共にしたこともあった。そんな奴と今更なんでってそりゃいつもの俺の気紛れに過ぎないけど、地味な山崎と平凡ななまえにちょっかいを出すのは存外面白いのだ。


「で、山崎と何があったんでィ」

「まだザキくんとなんて言ってないよ」

「でもそうだろ」

「そうですけど」


こいつは毎回山崎の前では余裕ぶった顔でからかったり、何も考えていないようにヘラヘラしているが実際のところそれ以外では結構今日みたく項垂れたり時には嬉しそうにニヤついていたりしている。そして一喜一憂している原因はいつも決まって山崎だ。


「昨日看病行ったんだろ?山崎の寝込みでも襲ったか」

「ぐ…」

「図星かよ」


非常に分かりやすい反応だ。素直な奴は嫌いじゃないのでもう少し話を聞いてやろう。何より俺が暇だしな。


「ず、図星ではないよ!寝込み襲ってないし!むしろ襲われた!」

「へェ、あの山崎が」

「…襲われた、もおかしいな、なんて言うの…襲わせた?」

「訳分かんねェ。説明下手なら喋べんじゃねーや」

「沖田くんが聞いてきたのに」


ピーピー喚くなまえを横目にそういえば山崎は今日も休みかと席を見る。バカは風邪引かねぇっつーのに意外と長引いてるな。大事なことなので二回言うが、バカは風邪引かねぇっつーのに。


「自分で聞き出したんだから最後まで聞いてよ」

「惚気だったら殺す」

「えええ、惚気じゃないとも言えない」

「殺す」

「いや待ってよ容赦ないな」

「いいから早く話さねーとお前の弁当と土方の弁当入れ替えるぜ」

「やめて!お腹壊しちゃう!」


俺の脅しに震え上がりながら頭を下げるなまえに満足して、もう一度「で?」と尋ねるとほんのり頬を染めて話し始めた。なんだやっぱり惚気かよ。


「いやぁ、へへへ、キスしちゃった」

「死ね」

「待ってってば!お弁当返して!ごめんなさい!」

「お前らの気持ち悪ィ色恋なんざどうでも良いんでィ、朝からシケた面晒してる理由教えろっつってんだ」

「だから、それが理由なんだって」

「あ?」

「まだしばらくからかってやろうと思ってたのに、熱で艶めかしい色気を放つザキくんに私の理性が負けたの…」

「もういいから死ねよ、なァ」

「なんで怒るの」

「その話するために俺の貴重な時間使わせたんだろィ、死ねよ」

「いやだから沖田くんが聞いてきたのに。私悪くないよね?」


おええ、気持ち悪ィ話を聞いちまった。何が艶めかしい色気だ、山崎にそんなもんあるわけねーだろ。こいつやっぱり頭がおかしい、なんて再確認したところでもうこんな話を聞いていても仕方がないと思い、自分の机に突っ伏した。


「えええ、なんか反応ないの?」

「言っただろ、気持ち悪ィって」

「もっと他にこう、おめでとうとかさ」

「何が」

「私好きな人とキスしちゃったんだよ、おめでたくない?おめでたいよね?」

「へーへー」

「うわ全然聞いてないね」


何がおめでたいだ。俺にとっちゃ悲報でしかねーよクソアマ。


いつだったか山崎をおちょくる為に言ってみた「持ってかれんぞ、こいつ」という言葉と、その後無駄にデカい声で言い触らしてやった俺となまえの交際疑惑を思い出す。この時は弄ると面白そうだと思っていただけなのに、どうしてか今は山崎なんて抜きにして単純にこいつといるのが嫌いじゃないなんて思っている。嫌いじゃない、なんて捻くれた言い方だな、むしろ楽しいのである。

噂を広めた直後俺のファンなんてーのに妬まれたあいつが嫌がらせをされて以降、さすがに俺もなけなしの罪悪感から一緒に帰ってやることが多くなったんだったか。時には寄り道なんてして、今思えば全部ただの放課後デートってやつだったのかもしれない。


「沖田くーん、おーい」


後ろからツンツンと背中を突くこの手が、いつまでも名前を呼ぶ声が、俺にだけ向けられれば良いのにと思い始めたのはいつだったか。


「寝るの早くない?のび太なの?」

「うっせーブス」

「起きてるじゃん」


こんな気持ち寝て起きたら無くなっていれば楽なのかもな。バカみてェ。


「…山崎そのまま死んでくんねーかな」

「え?なんて?」


彼女は気づいていない
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