「退くん」

「はい!?」


いつも通り昼寝から目覚めた彼女からの第一声に喉がひっくり返りそうになりながら返事をすると腹を抱えて笑われた。


13


「なまえ、今なんて!?」

「ザキくん寝起きの頭に響くからボリューム落として」


俺の声に煩そうに耳を押さえるなまえの肩を掴んでゆさゆさと揺らすとやーめーてー、と情けない声で止められる。

いや俺の声が大きいとかそんなこと気にしてらんないよ今!


「さっきなんて言った!?」

「なにが?」

「寝起き!俺のこと!」

「えー?私何か言った?」

「何ニヤけてんだよ!絶対わざとだ!」


俺がしつこく問い詰めると堪えきれないと言うように段々とニヤけてきた口にこいつからかったな、と気づいた。心臓に悪いイタズラをされたせいで思わずむすっと口を尖らせて拗ねたふうな顔になる。


「ふふ、ザキくんは可愛いなぁ」

「可愛いとか全然嬉しくないから」

「あれ、怒ってるの?」

「怒ってません」

「怒ってる。拗ね崎退だ」

「誰が拗ね崎退だ!」


一年二年そして現在三年生になるまで奇跡的にずっと前後左右近くの席に座っていてたまたま仲良くなれて、つかみどころがない、何をしでかすか分からないといった印象は相変わらずなのだがここ最近のなまえの俺への態度は少しおかしい気がする。今まで何度かあれ、ちょっといい雰囲気じゃんと思うことも少なくなかったので今年こそ卒業前には告白したいなと考えていたのに、どうにも弄ばれているような気がするのだ。


「いつまで拗ねてるのー」

「どうせ拗ね崎退ですから」

「もう、子供みたいだなぁ」

「毎日昼寝を欠かさないお前の方が子供だよ!」

「寝る子は育つからね」

「育ってないじゃん」

「誰の身体が未発達だ!やかましいわ!」

「いや何も言ってないけど!?」

「未発達の方が調教のしがいがあるってもんでさァ」

「ちょっと沖田さん変なところで入ってこないで下さい、話が拗れるんで!」

「うるせー山崎。毎日痴話喧嘩聞かされてるこっちの身にもなれってんだ」

「アンタが勝手に席替えたんでしょうが!」

「長谷川くん、戻ってきてほしいな」

「なんでィ、俺の後ろが不満ってか?」

「痛い痛い!」


チャイムが鳴ってもアイマスクをつけたままピクリとも動かなかった沖田さんがいきなり話に入ってきた。寝起きだと言うのにすっきりした目でぐいぐいとなまえの髪を引っ張っている。こいつら本当休み時間だけは元気だなと嫌に関心してしまうけど、これって本来俺の方が褒められるべき生活を送ってるんだよね?


「お腹すいちゃった。早弁しちゃおうかな」

「登校して二時間ひたすら寝ただけなのに何にエネルギー使ったのさ」

「睡眠は運動だよザキくん」


言ったそばから既に昼食用に買ってきてあったらしいメロンパンをもぐもぐと頬張っている。彼女は俺の話を聞く気がハナからないらしい。

運動ってのはちゃんと身体を動かして汗をかくことを言うんだよ、俺みたいにミントンとかしないと、とさりげなく誘ってみるけど口にパンが入ったまま間髪入れず結構ですと断られた。


「そういえばなまえが運動してるの見たことないかも」

「体育祭とかずっと一緒なのに」

「思い返しても全くお前の姿が出てこないんだけど、なんでだろう」

「正解を教えてあげようザキくん。何故なら私が一度も体育祭に出席したことがないからだよ」

「そうだったっけ…?」

「おいおい君本当に私のこと好きなの?ちゃんと見ててよね、もう」


毎年当日の二日ほど前から体調が悪くなる予定が入っているのだとなまえは言うけど、それただのずる休みだよねと返すとそうとも言うねと曖昧な返事をいただいた。体育祭と言っても競技は男女別だし、今まで特に俺自身、張り切った思い出もなかったので彼女が休んでいたのも大して気にしていなかったのかもしれない。多少なりとも体調不良を心配した覚えもあるのにずる休みだったなんて、本当ひどい奴だ。


「でも今年はちゃんと出てみようかな」

「どうしたの、なんの風の吹き回し?」

「ここ二年、退くんが頑張ってるとこ見逃してたの勿体ないなって思いまして」

「あ、また、」

「というわけでおやすみなさい」


あ、また下の名前で呼んだ。

性懲りも無くからかってきやがって、と言ったあと即座に机に突っ伏したなまえを見ると少し耳が赤くなっていた。うそだろ、もしかして照れてんの?


彼女は可愛いやつ
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