DEAD and LOVE | ナノ





病院までの距離は大して遠くもなかったが、来たこともないような小さな病棟だった為少し迷ってしまった。受付以外はやけにシン、と静まり返っていて、この病棟がどんな意味を持つのか、あいつの目が覚めることはないと医者に諦められているようで無性に腹が立った。

とは思いつつも、まずはなまえ本人をこの目で確かめなければならないと足が縺れそうになりながら走った。


「なまえ…!」


やっとのことで見つけた病室は一人部屋のようで、妙にだだっ広く真っ白な室内にベッドだけが置かれていた。そこで呼吸器を付けられたまま目を閉じているのは紛れもなく、数日共にしたなまえで、本物だとすぐに分かる。


「…おい、なまえ」


もちろん始めから目を覚ますことはないと聞いていたし返事が返って来ないことなんてわかってはいたが、現実を目の当たりにすると期待も虚しくただ自分の声が反響して戻ってくるだけだった。

結局言い逃げかよ。あんだけ重ェ告白しといて自分だけがスッキリした顔で消えたと思ったら今度はこんなとこでぴくりとも反応せず無視しやがって、どういう了見してんだ。


「オイ起きろ、アホ幽霊…」


なまえの家で一夜明かした時、確か俺は全く眠れなかったのに一人でぐっすり眠った挙句、朝方寝ているフリまでしてきたよなと思い出す。ゆっくり近づいてあの時と同じように、だけどあの時よりもずっと優しく頭に手を置くと、一瞬瞼が動いた気がした。


「…銀さんの、アホ」

「お前…!」

「…ふふ、これは寝言です」

「っ…!馬鹿野郎、ばっちり起きてんじゃねーか!」


掠れた声で返ってきたあの時と同じ返事に驚いて目を見開くと、確かになまえの瞼が開き、喉を震わせ声を発していた。状況もあまり分かっていないだろうに、真っ直ぐ逸らすことなく俺の目を見て笑った顔に脱力してしまい、膝をついてベッドに頭を預けた。


「銀さん、おはよ」

「おはよ、じゃねーよ…」

「なんか生き返っちゃった」

「返事聞きもせず消えるからだろーが」

「え?返事?」


一言一言、しっかりと肉声で返ってくる言葉に言いようのない気持ちが込み上がってきて、項垂れていた頭を上げ、身体を起こしたなまえの感触を確かめるようにゆっくり抱き寄せると戸惑いがちに背中に手を回してくれた。


「すっとぼけんなよ、お前が言い逃げしたんだろ」

「あれは、あの…確かに言い逃げになっちゃったけどそれで満足だったっていうか…」

「何、じゃあ俺には重ェ告白をする時間もくれねーっての?」

「…告白?」


自分のことだけ言い切ったあとすぐに消えてしまったからか、本気でよく分かっていないらしいなまえの肩を押し少しだけ身体を離して顔を覗く。


「お前が俺のこと見てきた分よりももっと、これからずっと一緒にいてやっから、お前のことまだまだなんも知らねーのに死ぬな」


言われている内容を理解しようとしているらしい、目を泳がせて必死に言葉を捻り出そうとする姿は酷く愛らしくて、またすぐに腕の中に閉じ込めたい気持ちもあったがグッと堪えて赤くなった顔を見つめた。


「なに、それ…プロポーズみたい。ちょっと早いよ」


もごもごと口ごもるなまえに改めて「好きだ」と言うと更に赤くなった顔からは湯気が出そうなくらいだ。そんな様子に気分が良くなり、ゆっくり顔を近づけると目をかっ開いたまま固まるもんだから思わず吹き出すと唾がかかった!と騒がれる。


「お前ムードってもんを…だああ!いいからとっとと目ぇ瞑るもんだろこういう時は!」

「…ごめんごめん、処女なもんで」

「いや知ってっけど!笑えねーから!」


こんな静かな病室でギャーギャー騒いだせいだろう、すぐに何事だとナースが数人やってきて目玉が飛び出んばかりに目を開くと先生!と叫びながら飛び出していった。


「銀さん、ありがとう」

「まだ礼言うには早ェだろ。お前未練が十個あるっつったのに九個しか言わねーで消えやがって」

「あー、そうだっけ?」


自分でもちゃんと数えていなかったのか、と呆れているとうーんと数秒唸ったあと閃いたように顔を上げた。


「じゃあね、大好きだからこれからもずっと一緒にいてください」

「…泣いて喚いてやっぱ成仏しときゃよかったっつっても離してやんねーよ、覚悟しとけ」


触れた唇に今までの何よりもこいつが今生きているということを実感させられて、同じことを思ったのか嬉しそうな顔をするなまえに何度も口を寄せた。




十個目
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