DEAD and LOVE | ナノ





「…なんでアンタがそんなもん持ってんだ」

「いや、話せば長くなるっつーか…」


俺が手に持つ見覚えのある三角巾と手鏡に動揺が隠せない様子だ。全く手元から目線を逸らさず、揺れる瞳とは反対に強い声色で問われる。


「銀さん、」


先ほどとは打って変わって、沖田くんの声色に不安に思ったのか心配そうに俺の方を見上げたなまえに目線だけで大丈夫だと伝える。


「おめーにこれを返しておいて欲しいっつー、ある女からの依頼でよ」

「…なまえ、でしょう」

「あー、確かそんな名前だったっけなァ」


半ば押し付けるように渡したそれらを握る手も、あいつの名前を呼ぶ声も震えていた。なんで、という言葉ももう出てこないらしい「まぁ、こっからはお伽話だと思ってでも聞いてくれや」と付け足してから続けて話し出す。


「死んでからも大事な弟分のことが心配で堪んねーってんで、遺言を伝えてくれって言われてんだ。さすがに幽霊から依頼受けんのは初めてでビビったけどな、あんまりにも押しが強ェもんだからわざわざここまで来ちまった」

「旦那、アンタがこんな時にからかいてーからそんなこと言ってるとは思ってねェ、けど、でも」

「おめーさんが知ってるなまえっつーのは、そういう奴だったろ?もう散々成仏させる為だなんだって俺も付き合わされてんだわ、なんだったら総一郎くん代わってくんね?」

「まさか本気でなまえが依頼に来たってェんですか」


自分の手の中にある三角巾と手鏡で疑いようもない事実だということは本人も気づいているのだろう。人知を超えた出来事ではあるし、ふざけているのかと怒りたくなる気持ちも十二分に分かっている。だが目の前の少年はそんなことよりも何よりも、死んでから依頼なんて出来るくらいなら何故直接自分のところへ現れてくれなかったのか、それだけが喉につっかえてすんなりとは腹に落ちていかないに違いない。


「なんで、なんで一度くれてやったもんを返しになんか…!」

「手鏡は返すからその情けねェ今の自分のツラを拝んでみろ、ってよ」


隣にいるなまえがたった今言った言葉を丁寧に、そのまま伝わるように繰り返す。いつまでも気に負ってないでさっさと前を向いて歩けと言いたかったのだろうが、どうにも素直じゃねェ女だ。しかししっかり真意は伝わったらしい。先ほどまでは咳上がってくる何かを噛み殺すようにきつく閉じられていた口元が薄く弧を描いている。はぁ、とひとつため息を零すと顔を上げた。


「ったく、死んだ奴の戯言に付き合うなんざ、アンタもお人好しが過ぎますぜ」

「そっちこそ、幽霊に情けねェ顔だって言われる気分はどーよ」

「仕返しできねェからって随分生意気言ってくれやがって、地獄まで追いかけて文句言ってやりまさァ」


横を見ると今にも溢れんばかりの涙を溜めている話の渦中の幽霊が目に入った。あまり長居させても辛くなるだけかと思い「じゃ、依頼は終わったし帰るわ」と踵を返す。少しだけ名残惜しそうに遅れて俺についてきたなまえはどこか安堵したような顔をしていた。


「旦那ァ」


まだ何かあるのかと振り返ると、少年は真っ直ぐとした目で俺を、否俺に呼びかけてはいるものの、明らかにすぐ横の何も見えない筈の空間を見つめていた。


「お前が妹分だろ、って伝えといてもらっていいですかィ」

「…おー、言っとくわ」


そういやそんな話で喧嘩したっつってたな、と河原でのことを思い出して隣を見やると、ゴシゴシと腕で目を擦っているなまえの頭に手を置く。


「何、なまえちゃん泣いてんの」

「泣いて、っない…!」

「銀さんアリガトーお礼にキスしてあげるー!とかはねーわけ?」


茶化すように声をかけても涙を拭うのに必死らしく、嗚咽だけが返ってくる。それでも泣いているところを見られたくないのかそっぽを向いて途切れ途切れ、しきりに泣いていないと繰り返してくるなまえに痺れを切らし、グイと肩を引き腕の中に収めてやると一瞬身体が強張ったのが分かった。

幽霊なのにこんなにちゃんと感触があって、なんなら柔らかい匂いまでするんだから堪ったもんじゃねェ。


「…なーに、慰めてくれてんの?」

「うるせェ、ガキがこんな時まで強がってんじゃねーよ」


見えねェようにしてやっから、声出して思いっ切り泣け。

元より俺以外には見えていないのだが、安心させるようにそう言うが早いか腕の中でわんわん泣き出したなまえの背を頭を頬を優しく撫で続けてやった。




弟分
  
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