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- ナノ -

13


 柔らかな日差しがあたしたちを照らしていた。休日の昼下がり、行き交う人は恋人同士や家族連れが多く、八番街は賑わいを見せている。オープンテラスには軽やかな風が吹いていた。真っ赤なベリーのケーキを口にしたシスネが、恍惚の表情で舌鼓を打つ。久々に見る笑顔だった。

「んん〜、やっぱりここのケーキは最高ね」
「シスネの連れてってくれるお店、全部美味しいから好き。どうやって調べてるの?」
「情報収集はタークスの基本よ。ほら、貴女のタルトもイチオシなんだから」

 早く食べなさい、とシスネに急かされて、手元のタルトを口にした。上に乗せられたたっぷりのフルーツは甘酸っぱく瑞々しい。底に敷かれた生地はさくさくと香ばしく、思わず目を見開いてしまう。え、うわ、すごく美味しい! あたしの表情に満足したように、シスネはアイスティーを啜った。
 久々の非番、やっとシスネと予定を合わせることができたので、彼女オススメのカフェテリアへと足を運んだのだ。前回顔を合わせた時、シスネはすぐにジュノンにとんぼ返りしてしまったから、会話すら満足にできなかった。あのあと上司と相当やり合ったらしい。なんとか連休もぎ取ってやったから、こうしてミッドガルでショッピングできてるの、と言って、彼女は綺麗な笑みを見せた。

「ジュノンも賑やかだけど、やっぱりミッドガルには敵わないわよね」
「ジュノンって、どんなとこ?」
「こことそう変わらないわよ。アルジュノン・エルジュノンがあって、アンダージュノンがある。スラムと一緒ね」
「ふーん」
「あ、そうそう、ジュノンには海があるわよ」
「海……」
「元は漁村だったのよ。今は漁業も先細りで、だいぶ廃れちゃってるけど」

 うみ。資料で読んだことがある。冷たくて、しょっぱくて、深くて、怖いところ。見渡す限りに水が広がっていて、太陽はそこから昇って、還っていくのだという。海かあ。見てみたいな。紅茶をこくりと一口飲んで、カップをソーサーにもどした。そんなこと、きっと叶わないだろうけど。

「で? カレン、貴女はどうなの?」
「え? なにが?」
「なにって、仕事よ仕事。この間は全然話聞けなかったでしょう?」
「うん、だいぶ慣れたかな。もともとヴェルドから話は聞いてたし」
「そういえば、貴女とヴェルド主任って……」
「保護者……まあ、養父みたいなものかな。正式な手続きは踏んでないけど」

 正しくは身元引受人であり、監視者でもある。あたしにとってヴェルドは、本当の意味で保護者だった。ヴェルドがいなければ、軍事学校で学ぶことはおろか、こうやってビルの外に出てランチができるなんて考えられないことだった。ヴェルドがいたから、あたしは自分の足で道を歩くことができている。感謝、なんて言葉では足りないくらいだった。

「そうだったの。そういえば、主任と貴女の話をしたことがあったわね」
「え?」
「射撃の腕がいいって、学校から連絡が来た〜って喜んでたわよ」
「そ、うなんだ」
「娘みたいに思ってるのね、カレンのこと」
「……ふーん」

 知らなかった。ヴェルド、あたしのこと、そんなふうに思ってたんだ。胸の奥がむず痒くなって、どういう表情をつくったらいいかわからなくなる。よっぽど可笑しな顔をしていたのか、あたしを見たシスネが吹き出した。え、なに、ちょっとそれは失礼なんじゃないの?!

「シスネ!」
「ふふ、ごめんごめん」
「もう……!」
「その様子じゃ、他の人ともうまくいってるんじゃない?」
「そう、だね……みんな、丁寧に教えてくれて、助かる。……ただ一人を除いて」

 脳内で、赤毛の男がにやりと唇を釣り上げた。ぎゅっと眉間に皺が寄るのがわかる。あいつが丁寧に教えてくれたことなんて、ただの一度もなかった。初日はシミュレーションルームに連れて行かれてボコボコにされたし、それ以降も訓練と称して一方的にあたしをいたぶって、そのくせロクなアドバイスをくれたことがない。最近は、まあ、トレーニングを見てもらうことも少なくなったけど。シミュレーションルームでレノと過ごす時間より、今はザックスと過ごす時間の方が多くなっていた。ていうか、ザックス、いつもいるんだけど。暇なのかな、ソルジャーって。そんなはずないとおもうんだけどな。

「ふふ、レノとも仲良くやってるようで、なによりね」
「仲良くない! いちいち煩いし、人のことバカにするし、最悪!」
「女癖も悪そう」

 シスネの的確なツッコミに、フラッシュバックしたのはあの夜のことだった。あの夜だけではない。あれから二度ほど、夜の街でレノを見かけたことがある。連れているのはいつも違う女の人だった。セクシーで、グラマラスな女性。恋人同士の甘い雰囲気というよりは、アダルティな雰囲気をもつ彼女たちは、きっとレノと“そういう関係”なのだろう。別に、あいつがどんな女となにしてようがあたしには関係なんだけど。プライベートを無理やり見せつけられた気分になってむかむかする。

「女癖、悪いよ。いつも違う人連れてるし」
「あら、そう。でも、ま、仕事に支障はきたさないでしょ」
「……まあ、それは、そうだろうけど」

 意外なことにレノが遅刻をしてきたことはほとんどない。ギリギリにオフィスに入ってくるのは毎日だけれど、だからといってだらしない印象があるわけではなかった。いつだって清潔だし、爛れた雰囲気を纏っていたことは一度もなかった。あの女性たちとは、割り切った関係なのだろうか。全く興味もないけれど。

「仕事以外はどうなの?」
「え?」
「貴女、昔から男っ気ないじゃない。いないの? 恋人」
「なっ、いないよ!」
「もう、いい男は探さなきゃ見つからないのよ」

 仕事が恋人のシスネに言われるとは思わなかった。まあ、彼女は器用そうだし、仕事と恋愛の両立もそつ無くこなすだろう。シスネの口紅で綺麗に彩られた唇が、にんまりと弧を描く。そういう笑い方は、学生時代と変わらない。あの時は確か、社会人の恋人の話をよく聞かされていたな。風の噂で、卒業前に別れたって聞いたけど。あの時からかわらず、あたしには浮いた話なんて一つもありはしない。

「同僚以外でいい男、いるでしょ? 本社だし」
「いないってば。っていうか、タークスのみんな以外とはあんまり話さないし…………あ、」

 ぱっと頭に浮かんだのは、太陽みたいな笑顔だった。ニィっと笑うその顔は、最近ずっと見ている顔で。あたしの変化に気がついたシスネが、目をキラキラと輝かせて身を乗り出してくる。「なに、ねえ、誰? カレンが男の話するなんて初めてじゃない?! どこの誰よ!」矢継ぎ早にそう質問されて、思わず身を引いてしまう。いや、恋人とか、そういうんじゃない、し!! あたしの主張は全然シスネに届かない。楽しそうに笑うシスネの顔は、仕事の話では見られないそれだった。同僚としてではなく、友人としてのその反応が、くすぐったくも心地いい。

「もしかしてタークスのメンバー? それとも社員? それとも、」
「ねえ、本当にそういうのじゃ、」
「あっ、わかった、ソルジャーでしょ!」
「もう、シスネ!」

 遮るように名前を呼ぶと、ごめんごめん、と謝ったシスネが椅子に腰掛け直す。その言い方、ぜんっぜん悪いと思ってないよね? その証拠に、大きな彼女の瞳はきらきらと輝いたままで。これ、言わない方がよけい拗れる気がする。はあ、とため息をついて、もう冷めてしまった紅茶をこくりと飲んだ。

「ソルジャーだけど、別に恋人とかそういうのじゃないよ。ただの知り合い」
「なんだ、そうならそうと早く言ってよ」
「言わせないようにしてたの、誰?!」
「かっこいいの? 優しい? カレンのこと大切にしてくれそう?」
「なにその保護者みたいな言い方」

 思わずふふ、と笑ってしまったあたしに、シスネは満足そうに微笑んだ。そんなんじゃないよ、と言ってから、彼を形容する言葉を探す。なんだろうか。知り合い、にしてはよく会っている気がするし、師匠、というほど堅苦しい関係ではない。同僚、とも違った。同じ神羅に勤める身ではあるけれど、ザックスとは仕事の話なんてほとんどしたことがない。トレーニングのアドバイス以外だと、カフェテリアのおすすめメニューとか、受付の女の子が可愛いとか、そんなどうでもいいような話ばかりだった。そう、こうやって、シスネと話すみたいに。

「友達……なの、かな」
「あら、脈ありかしら?」
「そんなんじゃないってば!」
「貴女はそうでも、あっちは違うかもしれないわよ」
「……そんなことは、ないよ」

 シミュレーションルームはソルジャーフロアにある。フロアには必ずソルジャーが待機していた。ザックスは、いつみても数人のソルジャーに囲まれている。笑い声の絶えない、あたたかい空間だった。たまに警備兵も交えて雑談をしていることもある。ソルジャーと警備兵があんなに親しげに話しているところ、彼の傍以外では見たことがなかった。もちろん、話しかけたことはない。ただの一度も。あたしに気づいたザックスが手を振っても、あたしは申し訳程度に手をあげてすぐにその場を立ち去るしかなかった。英雄・ソルジャー。対して、タークスは神羅の闇だ。でも、そういうことじゃない。肩書きでは表しきれない何かが、あたしとザックスの間には、ある。

「カレン?」
「その人、すごく明るくて、優しくて、面白くて。――あたしには、眩しすぎる、かな」

 ザックスは、眩しい。太陽みたいな人だと思う。一緒にいると楽しいけれど、時折、どうしようもないくらい、自分が惨めになることがある。羨ましいのだろうか、ザックスが。わたしにないものをたくさん持ってるから。その考え自体が、子どもだと、わかってはいるけれど。
 黙り込んだシスネが複雑そうな顔をしたので、本当に違うから、と呟いて笑顔を貼り付けた。タルト、本当に美味しかったね、また来たいな。あたしの言葉に、次はパンケーキが美味しいところに行くわよ、なんてシスネが言うから。それ、楽しみ。笑顔で応えて、冷たくなった紅茶を飲み干した。





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