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黒歴史を5個暴露しないと出られない


「黒歴史を暴露ォ?」

 次に現れた文字は訳のわからないものだった。黒歴史、って、あたし、記憶なくしてるんですけど。耳の赤みが引いたレノも、あたしと同じように眉間に皺を寄せている。そんなの、絶対言いたくない。言いたくない、けど、レノのはちょっと聞いてみたい。弱みを握れそうだし。はあ、とため息を吐き出したレノが、くるりとあたしの方を振り向いた。

「どっちからいく?」
「アンタからどーぞ」
「いいけどよ、最後の方が気まずくねえ?」
「一つずつでお願いします!」

 元気よく挙手をすると、ふは、とレノが笑った。あ、その顔、珍しい。気の抜けた笑顔に目をぱちぱちさせたけれど、当の本人は自分がどんな顔をしていたのか全く気付いていないらしい。そうだな……と顎に手を当てて思案するそれは様になっていて、それがなんだか悔しかった。くそ、レノのくせに……。

「おまえからいく?」
「あたしから……今、レノに見惚れてしまいそうになった……屈辱……」
「おい、なんで屈辱なんだよ。見惚れとけよ」
「うっさい」
「オレは……そうだな、おまえみたいな女に捕まったこと」
「アンタが! あたしを捕まえたんでしょ!? コルネオの屋敷で!」
「あ、それは暴露にならねーからな」
「知ってるよチクショウ!!」

 ていうか暴露ってなに。絶対レノに知られたくないことばっかりなんだけど! レノに知られてもいい範囲でいい回答が思い浮かばなくて、むむむ、と唸ってしまう。「言わねーならオレからいくぞ、と」と前置きしてから、レノはマシンガンのように言葉を吐き出した。

「油断してチンピラにノされた、神羅に入る前にツォンさんにボコボコにされた、ルードと喧嘩してガチで負けた」
「全部喧嘩じゃん! ずるい!」
「負けてんだろ。黒歴史以外の何物でもねえよ」
「はあ?!」
「あとルードのルードがオレのよりでけぇ」
「知らない!!」

 叫んだあたしに、レノがにやりと手を振る。おまえの番、ドーゾ、と言われてハッと気付いた。こいつ、余裕でクリアしてるじゃん。なんなの、ずるいんだけど! ぐぬぬ、と言葉に詰まるあたしを、目を細めたレノがにやにや笑いながら見つめてくる。っていうか! やっぱりあたしが最後で恥ずかしいやつじゃん! ハメられた!!

「ほら、早く言えよ、と」
「……エアリスと歩いてる時、エアリスはナンパされたけど、あたしは『ガキに興味ねーんだよ』って言われた……」
「ああ、ありがちだな、と」
「放っておいてよ……」
「他は?」
「うう……モンスターと闘ってる時、力を使いすぎて、その……倒れました……」
「ぷ、だっせぇ」
「う、うるさいな!」

 ケタケタと笑うレノを引っ叩こうとしたけれど、余裕でよけられてしまった。ほんっと腹立つなこいつ! 他には? というニヤケ顔を睨みつけて歯軋りする。くそ、むかつく……!

「そのあと、クラウドにおんぶされて運ばれた挙句、ぐちぐち文句を言われました……」
「……ああ、あの、“元”ソルジャー、ね……」

 レノの言葉に棘が混じる。そうだ、クラウド関連の黒歴史はたくさんあるんだった。思い出すだけで恥ずかしくなったり、頭を抱えるようなものが。

「それから、蜜蜂の館でダンス……うっ、あんな大勢の前で……」
「ショーか? なんだおまえ、飛び入りでもしたのかよ、と」
「だってクラウドが無理やり、」
「……あ?」

 そうだ、あの時はクラウドがリードしてくれたけど、今考えると本当に恥ずかしいことをしたな。そりゃあ、クラウドのダンスはカッコ良かったけど。あいつ、ほんと、顔だけはいいからな。そこまで考えて、クラウドと出会ったときのことを思い出した。う、わ、あたし、あいつのこと、王子様とか言ってた……!!

「あと、は……クラウドに……一目惚れしそうになった……」
「…………は?」
「あぶなかった……いやあれはセーフ! セーフだから!」

 いやまじで一瞬にして理想は砕かれたからね?! だからセーフです! 誰に言い訳するでもなくそう言いながらぶんぶんと腕を振っていたら、突然それががしりと掴まれた。え? 痛いくらいにあたしの手首を掴むレノを見上げる。その視線に、すうっと背筋が冷えた。

「へえ? 一目惚れ? あの金髪に?」
「え、ま、れ、レノ……?」

 唇は釣り上がっているけれど、アクアマリンの瞳がぎらぎらと獰猛な光を放っている。あ、え、やばい。この顔、知ってる。さっきいやというほど、ベッドの上で見せられた表情だった。あたしの腕を引き寄せたレノが、屈んで顔を耳元へと寄せる。低い声で名前を呼ばれて、ぞくりと身体が震えた。

「おまえ、さ、オレのこと本当にわかってねえだろ」
「れ、レノ、ま、ひぅっ」
「丁度いい、このまま教え込んでやるよ」

 どさり、押し倒されたのはソファだった。べろりと自身の唇を舐めたレノが、あたしにのし掛かる。え、まって、なんで、嘘でしょ?!

「まってレノ、あの、」
「一回も二回も同じだろ。安心しろよ、さっきみたいに優しくしてやっから」
「うそ! さっきも全然優しく、ひゃ、」
「あいつのことなんか忘れちまえよ、と」

 そんで、オレでいっぱいになっちまえばいい。囁いた声はどうしてか切なくて。名前を呼ぼうと思ったけれど、レノの鋭い瞳に見つめられて、声が出なくなってしまった。カレン、と囁いたレノの顔が、ゆっくりと近づいてくる。赤い毛が風にふわりと揺れて、あたしの額にかかる。そのまま、レノの唇が、あたしの――え、風?

「れ、レノ、待って! ストップ!」
「あ? 今更なにを、」
「風! 吹いてる! 扉! 開いてる!」

 ばっとレノが身体を起こして振り向いた。その隙に、素早くレノの下から抜け出す。大きな扉が開いて、その先から風が吹き込んできていた。白い通路らしい向こう側は、光っているせいか先が見えない。でも、出口だ。間違いない。そういえば、指令は全部で五つだと壁の文字が言っていた。今ので五つ目、全てクリアした。つまり、この部屋から、出られる……!

「レノ、早く!」
「あっ、おい!」

 駆け出して、扉の先の通路へと足を踏み入れる。白い通路が先まで続いていたけれど、向こう側から光が差し込んでくるのが見えた。正真正銘の、出口だった。レノ! 名前を呼んで振り返る。まだ扉の向こう側にいるレノが、じっとあたしを見つめた。

「出口、あったよ!」

 あたしを見つめるレノの目が、優しく細められた。何か口が動いたけど、なんだろう。聞き取れない。聞き返そうと思ったけれど、ふっと笑ったレノが通路に足を踏み出した瞬間、なにかに引っ張られるように意識は遠のいた。なんだろう。なんだったのかな、あたし、なにを、なにが、――。

「……い、……きろ、」
「ん……ぅ……?」
「……おい、カレン、おい! この……っ、カレン! いい加減にしろ!」
「い、っだ! ちょ、殴ることないでしょ!? クラウドのバカ!」
「馬鹿はお前だ! こんなところで寝るな!」
「え?」

 ぱちぱちと瞬きを繰り返して、周囲を見回す。見慣れないこの場所は、ああ、そうだ、昨日から泊まりこんでいる宿のロビーだ。オレンジ色の柔らかい光が、あたしとクラウドを照らしている。あれ、あたし、寝てた?

「疲れてるのか?」
「ん……なんだろ? なんか変な夢、見てたかも」
「夢?」
「うん、思い出せないけど」

 ま、思い出せないなら、いいか。ぐっと伸びをしたあたしを怪訝そうに見つめてから、クラウドが「飯に行くぞ」と誘ってくれたので。たしかにお腹が空いた気がするし、ちょうどいいかな。「ごちそうさま!」「言っておくが、奢らないぞ」なんて、たわいもない話をしながら、ロビーを後にした。腰が痛んだ気がしたけれど、きっと気のせいだろう。



***



「出口、あったよ!」

 振り向いたカレンが扉の向こうで笑っている。記憶を無くしてから、初めて見た笑顔だった。それが、胸を突くほどに切なくて、苦しくて、愛おしい。扉の前に立ち尽くすオレを、カレンが待っている。駆け出した彼女は知らない。壁には新しい文字が刻まれていた。『この部屋の記憶を、残すこともできる』。残すことも、ということは、特に指示をしなければ記憶は残らないというわけだ。既に部屋を出た彼女には、ここの記憶は残らないだろう。この部屋でオレと過ごしたことを、全て忘れてしまうのだ。また、綺麗さっぱりと。でも、それでいいのかもしれない。同意とはいえ、抱いてしまったわけだし。現実世界に戻った彼女が、ここでの記憶に苛まれるのは想像に難くない。苦しませたくはない。大切に思っているからこそ。

「オレは、忘れねえぞ、と」

 その分、オレが覚えていればいい。あいつの怒った顔も、焦った顔も、快楽に溺れる顔も、こぼれるようなあの満面の笑みも。ふっと笑って、大きく一歩踏み出した。あいつが最後に、オレの名前を呼んだような気がしたけれど。気のせいだろうか。わからない。意識は急速に遠のいていく。――夢の中のような浮遊感。指先が痺れる感覚の後、はっと意識が覚醒した。見慣れた天井と、止まないタイピング音、皮張りのソファの感覚。

「…………あー、戻って来ちまったな」
「……レノ?」
「よ、相棒。只今帰ったぞ、と」
「何を言っているかよくわからないが、仕事中だぞ」
「へーへー。ちゃんとやりますよ」

 オレが文句を言わずに起き上がったので、ルードがサングラスの奥で目を見開いたのがわかった。それに気づかないふりをして、自分のオフィスチェアに座って端末を起動する。検索するのはあの部屋についてだ。いくつかの資料が引っかかったけれど、どれも信憑性に欠けるものだった。ま、そうだろうな。オレだって、夢と現実の区別すら危ういのだから。ああ、それにしても。あいつの笑った顔と、髪の香りと、肌の柔らかさを思い出して唇が吊り上がる。

「もっかい抱いときゃよかったな」

 ま、いつかまた、チャンスが巡ってくるだろう。生きていれば、それで。あの部屋のことは、オレだけが知っていればいい。全てを胸の内にしまい込んで、オレはぐっと伸びをした。





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